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JM

都会育ちの子どもではなかったから、当然、映画館に通う習慣なんてなくって、つまりおれにとって映画とはゴールデン洋画劇場でみるものだった。多感な時期に観たものはその是非によらず心の深いところに刻まれるから、だからおれの心の中のベストテンはほとんどゴールデン洋画劇場にかかるものに占められている。いまでも、一番好きな曲はシンディローパーの歌う「グーニーズはグッドイナフ」だし、一番怖かった映画は「ロボコップ」だし、1番面白い映画は「ターミネーター2」だし、そしてもちろん、1番好きな映画は「JM」なのだ。でも、残念なことに、これまでの人生でJMを褒める人に出会ったことはなかった。だからおれは、口をつぐんで、1番好きな映画はテレンス・マリック監督の「シン・デッド・ライン」なのだと、意味のない嘘をついて暮らしてきた。でももう僕も34歳だ。そろそろ、嘘と戯れるのはやめて、真実に向き合うべき時期がやってきた。おれの1番好きな映画は、JM。JMなのだ。それで、いよいよJMのことを話し始めようとすると、映画の内容を何も覚えていないことに愕然とする。JMのことが好きだという事実に蓋をしたまま生きてきたので、記憶を反芻する機会に乏しかったのだ。正直うろ覚えなんだけれど、あえてwikipediaを参照することをせず、記憶だけを頼りに書いてみようと思う。
記憶。唯一覚えているのは、JMとはまさにその、「記憶」にまつわる物語だった、ということだけだ。舞台は世紀末。街には人々を痙攣・麻痺させ死に至らしめる恐ろしい奇病がはびこっている。キアヌ・リーブス演じる主人公は、情報の運び屋を生業にしている。JMの世界には、人間の脳にデータをダウンロードする技術が確立している。運び屋は、自分の脳に機密情報を隠して、クライアントに届けることを生業にしている。ある日、キアヌは、脳の容量を超える巨大なデータをダウンロードすることになる。うろ覚えだけど、巨大なデータと言ってもたかだか何GBの世界で、今となってはスマートフォンと大して変わらない容量でしかなかったはずだ。当時はそれでも未来的な大容量だったのだろう。(当時としては)信じがたいほどデータが巨大であることで、キアヌはそれが相当にヤバい情報であることを確信する。
実際、キアヌの情報を奪取すべく様々な殺し屋が彼の命を狙うことになる。次々と現れる怪人的な殺し屋たちは、この映画の最大の魅力である。無痛症の怪力神父。レーザー紐を操る切り裂き魔。そして、ビートたけしである。未来世界なのに、ビートたけしの武器は長ドス。それしかない。たけしは、ただのやくざなのである。しかし、そのただのやくざが、キアヌを誰よりも追い詰めて行く。たけしは、死にたい。たけしは、奇病で最愛の娘を失っている。早く娘の元に行きたいのだ。たけしの攻撃はどこか心中めいていて、自らの命を顧みるということをしない。どんなSF的超兵器よりも、死にたい願望の方が恐ろしい。

たけしを退けたキアヌは、ついに自らが運ぶ記憶の正体を知る。記憶の正体は奇病を治す特効薬のデータなのだ。ていうか、奇病って電脳化した人類に感染するコンピューターウイルスみたいなもので、データそのものが薬だったかもしれない。その辺はさすがに覚えていない。主人公のクライアントはアノニマスのような義賊的ハッカーで、製薬会社から特効薬のデータを盗み出し、世界中に拡散しようと目論んでいたのだ。当然、殺し屋たちのクライアントは製薬会社だった。彼らは莫大な研究開発費を費やして完成させた薬から、それに十分見合うだけの利益を回収しなければならない。製薬会社としては、いくら人類のためだからと言って、利益の源泉たる薬のレシピをフリーでばらまかれたら困るのである。
(完全に余談ですが、ちょっと前に僕はCOPDという肺の病気を治療する新薬のライセンスを保有する会社の株を持っていました。COPDは全世界で2億1千万人が罹患し人類の死亡原因の第三位にも数えられる深刻な病気です。この治療薬の権利を抑えた会社に株を買うことで僕もおこぼれにありつこうと企んだわけです。結局、株価の乱高下に耐えられず僕は45万円でその株を手放してしまいました。僕が株を手放した日から、そーせい(4565.T)の株価は糸が切れた凧のように上昇を始め、一時は260万を超えるところまで行きました。何が言いたいかというと、僕はことと次第によっては、キアヌではなくたけしの側に立っていた可能性のある人間だということです。)

キアヌは、いよいよ記憶の受取人の元に到着する。受取人はイルカだった。彼の脳は改造手術を施され、全世界のネットワークに接続されている。作品が制作年代を考えれば、彼のモデルがMicrosoft wordのアシスタントであったことは想像に難くない。超音波のシグナルを用いて全世界にデータを拡散しようと試みるイルカ。しかし、薬のデータは天才イルカの改造脳を持ってしてもあまりにも巨大すぎて(数GBだが……)、イルカは血反吐を吐いて死んでしまう。しかし、絶命の瞬間、イルカは死力を振り絞ってデータのアップロードに成功する。薬のデータは光の雨となって人類に降り注ぎ、痙攣する病人はたちまちのうちに癒えていく。光の雨の中で、キアヌは、奇病に侵されていた恋人と抱き合い、キスを交わす。インターネットのもたらす幸福な未来を祝福して、映画は終わる。20世紀の映画である。