邪エロ、猛エロ、大塚愛

最近、巷でちゅーりっぷがどーしたこーした、と歌う曲をよく耳にする。大塚愛の曲なんじゃないかな、と思っているのだけど、確かめるのもめんどうくさいので、ここはチューリップの歌は大塚愛が歌っている、ということで話を進めさせて頂きたい。そんな傲慢な言い切りこそが、ブログを面白くする最良のスパイスであることは理解しているつもりだ。されど生来の臆病に勝つことはやはり難しく、ついついグーグル検索してみれば、やはり「CHU-LIP」は大塚愛の曲であるようだった。というわけで、チューリップの歌は大塚愛が歌っている、という前提で話を進めることには何の問題もないことが確認されたわけだけど、そもそも、別にチューリップはどうでもいいことだった。正直うっかりしてた。ごめん。ここでおれが問題にしたいのは、なぜ大塚愛はああもエロいのか、そしてそのエロさはなぜああも邪悪なのか、ということである。
 その実証を行うにあたって、比較対象にしたいものがある。「インリン・オブ・ジョイトイ」である。「インリン・オブ・ジョイトイ」それが、今世紀で最も才気あふれる芸名であることに異論を持つ人はおそらくいないだろう。その才気こそが、大塚愛インリンを分かつものである。インリンはその名の示す通り、エロをコンセプトとしたキャラクターだ。インリンの中の人は極めて優秀で、そのコンセプトを完全に体現していた。普通に考えれば、エロ度において大塚愛インリンの足元に及ばないはずだ。しかし、世界でもっともエロを理解している*1といわれる、中2男子を狂わせているのは、大塚愛なのだ。世界でもっとも繊細な材質で作られているという中2男子の心を引き裂いているのは、大塚愛なのだ。もちろん、インリンも中2男子を興奮させはする。勃起させもする。しかし、中2男子を苦しめることは決してないのである。なぜか。
 インリンはあまりにも優秀すぎたのだ。その才能はあまりにも完全にエロを演じ切ってしまったがゆえ、インリン=セックスという領域に達してしまった。セックスはセックスしない。なぜならセックスは単体でセックスとして完成されているため、セックスする必要がないからだ。ここでインリンは肉体をもった人間ではなくなり、概念、あるいは記号、あるいはファンタジー、いずれにしても中2男子が安心してオナニーに使用することができる存在となった。賢人の言うところの、絶対安全オナペットである。インリンが、中2男子の頭の中から出てくることは決してないのだ。エロテロリストを標榜するインリンは、本来カラシニコフの如き凶器であるべきだったが、いつのまにか聖剣エクスカリバーになってしまっていた。カラシニコフエクスカリバー、怖いのはどちらか。痛そうなのはどちらか。考えるまでもない。
 では、大塚愛とはなにか。大塚愛には、カラシニコフさえも相応しくない。彼女はトカレフだ。その実弾は易々と中2男子の現実を撃ち抜いてゆく。曲名は全くわからないのだけど、大塚愛が男とやたらイチャイチャするPVがあった。そのPVの破壊力ときたらもう、とんでもなかった。おれの中2も思わず震えだすほどであった。そのPVにおいて、大塚愛は、今まさにセックスせんという握り拳であり、中2男子は「こいつら撮影終わったあと絶対にヤッてる、むしろヤッてから撮影してる」という妄想を抱かずにはいられない。
 インリンのエロが名詞だとすれば、大塚愛のそれは動詞だ。「大塚愛は、セックス」ではない。「大塚愛は、セックスする」のだ。そこにはアクションがあり、アクションは中2男子の心臓を揺さぶる。これだけでも十分凶悪だけど、さらにえげつないのが、彼女の持っている日常性である。大塚愛はいかにもガール・ネクストドアって感じだが、その性質と大塚愛のエロ動詞性が出会い、化学反応を起こしスパーク…中2男子の心臓を喰い破るティガーの誕生である。この現象を「ふだんぎセックス*2」と呼びたい。THU-LIP*3での「ちゅーすればするほどすきになる」というフレーズ、これはもちろんセックスすればするほど好きになる、という意味にほかならないが、ここでは明らかにセックスが日常化している。中2男子はここにクラスの大塚愛似女子(クラスにひとりは絶対にいる)を重ね合わせてしまう。日常接する女の子が日常的にセックス、即ち(中2男子にとっての)日常の異界化である。東京受胎みたいなもんだ。その衝撃は、中2男子を興奮させる。そして同じくらい傷つけもする。好きな子が、他の男とセックスしていてあたりまえなのだ。そして、中2男子は泣きながらオナニーする。
 この悲劇的な光景を作り出す圧倒的なまでのエロス。大塚愛、まさに邪エロと呼ぶに相応しい。余談だが、おれは中学や高校のとき、クラスの誰がすでにセックスしているのか、ということが気になっていた。実を言うと、今でも気になっている。あのとき、誰かセックスしていたのか。アダムが耕し、イブが紡いだとき、誰が貴族であったか。当然の疑問と言うべきだろう。

*1:誤解も含めて理解するという悟りの境地にいる伝説の種族。我々の全員がかつてその境地にいたはずだが、その境地に留まり続けることができるものはひとりもいない

*2:我ながらいいキャッチフレーズ。こんなタイトルのAVがあればおれ絶対借りる。みんなもきっと同じ気持ちのはず

*3:ついにタイトルを覚えた