はてなを開放する超はてな 「はてなブックス」 

あれだけはてなを好きだ好きだと言っておきながら、とうとう昨日ははてなを復活させるための新サービスを思いつくことができなかった。はてな市民として、恥ずかしく、また悔しいことである。仕方が無いので、今日は昼飯を食べる間ずっとはてなのことばかり考えていた。あんまり真剣に考えたおかげで、折角のトマト煮込みカレーの味もろくにわからなかったくらいだ((これは嘘。あまりにも濃厚すぎて、トマトの持つ爽やかさを活かせていなかったことを覚えている))。まるで、いかがわしいことを覚え始めたばかりの中学生のようではないか……。しかし、おれはあのころとは違う。トマト煮込みカレーを犠牲にしたおかげで、ついにはてなを救うための画期的な新サービスを思いついたのだ……!
 はてなを救うための新サービス。その名をおれは「はてなブックス」と名づけた。略して「はてブ」と読んでもらいたい。おれは先日の日記で、はてなは基本的に内向きの性質を持っており、ともすれば簡単に「なれあい」に流れてしまう傾向があることに気がついた。「なれあい」はそれはそれで楽しいものであり、いちがいに否定できるものではないことにも。しかし、外部を否定したコミュニティの末路は無残なものであることもまた間違いのないことだ。この矛盾に苦しんだおれは、しかしついに状況を打破する一手を思いついた!
 「なれあい」が不味いのは、要するに外からみてつまらないからだ。逆に言えば、外から見ても面白いものであれば、なれあっても全然問題がないばかりか、踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ孫正義といった塩梅にもなるからだ。あー、この一文、翌日読み返すと死にたくなるんだろうな。何が孫正義だ。まあいいや、話を続けよう。「なれあい」をエンターティメントの次元に高めるためのツール、それこそが「はてなブックス」略して「はてブ」なのだ。さて、この「はてなブックス」とはいかなるものか。
 ブックス、というからにはもちろん本である。本と一言でゆっても、世の中には色んな本がある。面白い本、つまらない本、著作権のある本、著作権の切れた本……。もちろん、我々が狙うのは、著作権の切れた本である。なんだそれ青空文庫じゃん……と思われた読者諸兄もおられると思う。確かにその通りだ。しかし、逆に言えば、もうすでに青空文庫があるんだから、後発のはてなブックスは別に真面目にやる必要はないわけでもある。そして、はてなブックスには、青空文庫に無いものがある。キーワードシステム、そして一騎当千はてな市民たちである。
 つまりは、はてな市民の才気で、古典をよりスウィートでファニーなものにレボリューションしようぜ、ということだ。といっても、作品そのものを改竄するのは、原作ファックにもほどがあるいう謗りを免れ得ないであろう。はてなダイアラーの才気でレボリューションしてほしいのは、作品につける注釈だ。キーワードシステムの要領で、本文のあらゆる言葉が注釈にリンクされているのを想像してもらいたい。もちろん、屈強をもって鳴らしたはてな市民が作る注釈がただの注釈になるわけがない。注釈同士がリンクして本文の裏で走る伏流ストーリーを紡ぎだしたり、あるいは注釈につけられた注釈がさらなるメタ次元へと誘ったり。そのほかおれには想像もつかないような超絶技巧の凝らされたスーパーな作品を作ってくれるはず。重層的構造を持った絢爛豪華な仕様は読むたびにその姿を変え、万華鏡のごとく読者を幻惑してくれるだろう。とりわけよくできたものは「はてな文庫」通称「はてブ」に収めることとしたい。
 なれあい欲と外部へのエンターティメント性を両立させたこの「はてなブックス」が、開かれた国際都市hatenaの建設に大きく寄与することは間違いない。とはいえ、インターネットの性質からいって、「はてなブックス」の末路もまた悲惨なものになるだろうことも大体予想できる。たとえはじめはうまくいったとしても、しばらくしてすぐにその質を落としていき、上等の料理にハチミツをぶちまけるが如き注釈……!というようなことになるに決まっている。それはわかってる。しかし、そうなったらそうなったで、「我々は死者についてどこまでのことが許されているのか」という問いを市民に与えてくれるだろう。