ブロガーは人間じゃない

ブログも長い間続けていると、書き手からはだんだんと人間味が消え失せて、一個のキャラクター*1のようになってくる。僕の場合は、まだ一人称も安定していないようなバンビなんで、それほどでもないと思うのだが、僕が普段読んでいるブロガーの大体は、たいていもう人間であることをやめている。別にそれは悪いことやない。むしろ積極的に褒むべきことなんやで。僕やあなたが書いた文章が、僕やあなたの手を離れて、勝手に自律し始めているのだ。ブロガーの文章は、普段ブロガーが考えもつかないようなことを、ブロガーの手を借りて書かせる。この文章を、仮に文章A´と名づける。文章A´を書いているのは誰なのだろうか。文章A´を生み出しているのは過去の文章で、過去の文章を書いたのはブロガー本人なのだから、文章A´を書いているのもブロガーだと言うことができるのだろうか。惰性といえば惰性、手癖といえばそれまでなのだが、そう言いきってしまうと、この文章もここで終わってしまう。僕にとってはそれはそれで構わないのだが、id:yoghurtはご不満のようだ。こんな風に、ブロガー本人が、生身の自分以外の回路を通して文章を書くということはよくあることだ。きっと僕(id:ヨグルト)ならこう書くだろう、という思考パターンを知らずに踏むことによって、idヨグルトは僕の身体を遠く離れていくのである。僕の文体がリズム感に乏しいのも、いってみれば、自分の舌や喉を信頼できず、知らずに身体を裏切るようなことばかりを繰り反しているせいなのであって、決して現実世界の僕のリズム感が乏しいせいではないのである。ないのである。しかし、とはいえ、このぱっとしないid:yoghurtにしたところで、現実の僕に比べればまだ面白いやつなのである。僕の日常は極めて陰気なもので、アンテノールのまるごとリンゴパイを食べることでなんとか平静を保つのがやっとなのだ。
 ところで先週、僕は文学フリマで「てん竺ノマ堂」*2に参加した。その際、ペンネームは何にしますか?と聞かれたのだけど、そのとき僕は良いペンネームを思いつかなかったし、前に考えたペンネームは今になってみると恥ずかしい代物だったし、そんなわけで、ついid:yoghurtでいいですよ。なんて答えてしまったのだった。
 致命的なミスであった。ここで僕が、津田沼重信とか、上大岡響児とか、豪徳寺経堂とか、そういう新しく立派なペンネームを使っていれば、id:yoghurtとはまた別の回路が新規に増設されていたのかもしれない。もっと新しい文章が書けたのかもしれなかった。とはいえ、別段、本気で悔やんでいるわけではない。実は今回「てん竺ノマ堂」に書いた小説「ガリレイズ」は何となくアメリカの小説っぽくしたいなーなんて思いながら書いた。僕はサリンジャーの小説のほとんどがよくわからないのだけど、フラニーとゾーイーだけは面白いと思っていて、あとブローティガンも全然分からなかったのだけど、しかし、こうした乏しい知識で「アメリカの小説っぽさ」を目指して書けば、結果的に新しい瑪羅門が魔修羅してくれるのではないかと期待したのだ。*3
しかし、そのために適切なペンネームをつけるとすれば、スティーブ・新小岩とか、シーモア・草津とか、チャック・パラ巣鴨とか、そんな名前を付けざるをえなくなる。そんな名前で自己紹介するのはいやだから、ペンネームをid:yoghurtにしたのもあながち間違いばかりとは言えない。実際、僕がヨーグルトです。と紹介するときだって、十分に辛かったのだ。名前らしい名前で自己紹介することのできる、保府山さんやススイさん、虚構坂さん、いずるさんたちがどれだけうらやましかったか、しれない。今回、性病さんことid:sfllさんにもお会いしたのだが、性病さんももちろん御自分のことを「性病です」と紹介していて、確かに「ヨーグルトです」よりも遥かに敷居が高い自己紹介が要求される方も居るものだなあ、とは思ったのだけど、僕より辛い名前を背負った人がいるといっても僕の辛さが軽くなるわけでは決してないのである。しかも、ヨーグルトさんは本来人間じゃないはずなのに、自前の舌でヨーグルトを名乗ることにしまったものだから、ヨーグルトさんは深刻なアイデンティティクライシスに襲われてしまい、とうてい誰かと話をできるような状態ではなくなってしまった。しかし、ノマ堂の皆さんがあまりにナイスガイだったので、まるでホームパーティに出かけたアメリカ人のように寛いだ気持ちで打ち上げを楽しむことができたのである。
しかし、今度は、このような文学的危機を回避するためにも、きちんとしたペンネームを設定したいと思う、ドラゴニックムラカミとか。そういうのでいきます。

*1:マンガ的な意味で

*2:id:hey11popさん主宰の文芸誌

*3:僕は英語ができないし、知識もないので、そんな風にやっても、村上春樹風にはならないはずなのだ。