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はつ恋の教室

 語るたびに内容が変わることでおなじみ、飲むヨーグルト先生の「はつ恋」話をしましょうか。しかし、あれですね。この「はつ恋」という書き方、実にいやらしいですね。なぜ「はつ」だけ平仮名なのかと。そのくせ、絶対に「初こい」とは書きはしないのである。ああ、いやらしい、いやらしい。幼少期のぼくは、そのようないやらしさとは無縁の、愛らしい子供だった。ビスケットを叩いてふたつに増やすという錬金術を知っていたおかげで、街中の子供がぼくを尊敬していた。ぼくの周りには頭の悪い子供しかいなかったので、その程度のことでも魔術師を気取ることができたのである。自慢ではないが、ぼくは何でもできる子供だったのだ。野球をやらせれば、四番以外はやらせてもらえなかったし、もちろんエースピッチャーだった。ぼくが手を叩けば皆が踊りだしたし、ひとたび踊りだしてしまえば、日が暮れるまで誰もそれをやめようとはしなかったのである。あまりにも全てが自分の思い通りになりすぎて、ぼくはこの世を出来の悪い玩具のように感じていたように思う。退屈していたのだ。ぼくがその娘を見つけたのはちょうどそんな時期だった。
そのころのぼくは始終ひどく物憂い気持ちに襲われていて、いつも教室の窓側で静かに授業を眺めていた。ろくに人と話そうともしなくなったぼくの周りには、いつの間にかひとりの取り巻きさえもいなくなっていた。そうなってしまっても、もはやぼくはビスケットを増やそうともしなかった。
 しかし、そんなぼくの耳にも、ついにあの娘の声が届いてきたのだ!それはかすかな、小さな声だった。耳を澄ましていなければとても聴こえないような、声だった。ぼくは、その娘のことを知っていた。彼女は喉の病気で、大きな声を出すことができないのだということも知っていた。彼女は、雨蛙の物語を朗読していた。一生懸命なことはわかるのだが、教室の端に居るぼくにはほとんど聞き取ることはできない。小学生が、それほど長い間静けさに耐えられるわけも無く、教室は序々に騒がしくなってゆき、ついに彼女の声は掻き消されてしまった。ぼくは、なんだかとてもいけないことをしているような気持ちになっていた。背筋に後ろ暗い何かが走るのを感じ、ぼくはぼくの身体に異変が起きていることを知った。そして、ぼくは…ぼくは、おしっこがしたいのか?などと思った。幼かったぼくには尿意と区別をつけることができなかったのだが、今ならばわかる。あれは、はつ恋だったのだと。そして、今のぼくは恐れている。小さな声の女の子を好きになったぼくは、女の子なんてただ可愛ければよくて、ぺちゃくちゃ喋らない方が面倒がなくていいや、なんてことを根源的には求めているのではないか、なんてことを。でも、もちろんそれは勘違いに過ぎない。ぼくはきっと、あの喧しい教室を抜け出して、どこか静かな場所で、あの娘と心ゆくまでマチュピチュカッパドキアの話をしたかっただけなのだ。しかし、現実にはそんなことを話す機会は一度も訪れなかったどころか、この文章だってほとんどが嘘でしかない。
(ぼくが、野球なんてできるわけないじゃないか?)
 しかし、ぼくの記憶の中にあの娘が居るということ、それは嘘じゃない。彼女はふわふわとした髪の毛を持った女の子だった。ぼくは確かに彼女を覚えているのだ。もう20年近い時が流れてしまった今でも。しかし、それがぼくのはつ恋だったかというと、やはりどうにも自信が持てない。やはり、あれは、ただの尿意に過ぎなかったのではあるまいか。そんな気が、しないでもないのだ。