我が人生の堀北真希たち

第一部 「絶対零度堀北真希

堀北真希などを好む男は、ろくなものにはならない」
堀北真希自身の魅力というよりも、きっかけはむしろ、父の言葉への反発心だったのかもしれない。親父がそういうのなら、おれは堀北真希を愛してやろう。それは、憎悪が反射された愛情だった。しかし、始まりがどうであれ、一度恋に落ちてしまえば、僕は堀北真希のことしか考えられなくなる。冬の線路のように冷え切った瞳、整った顔立ちに隠された捉えがたい歪さ……。昔の僕には、女の子のことを獣肉系と野菜系に分類する悪癖があったのだけども、堀北真希はそのどれにもあてはまらない。強いて言うなら「食べられません」不可飲食だ。堀北真希が誰かを抱くのならばよい。けれど、堀北真希が誰かに抱かれることなど、とうてい受け容れることはできない。彼女は永久凍土に閉ざされた少女であるべきなのだ。禁忌を犯した、あるいは犯すだろう男のことを思い浮かべると、今にも気が狂いそうになる。こうして、眼下に広がる雲海を眼にしていても、頭に浮かぶのは堀北真希のことと、高校時代の友人の言葉だけだ。


第二部 「黒い広末涼子への旅」


「その娘、タイの大地主の娘でさ、黒い広末涼子って感じのルックスなんだよ、ねえ〜」
オーストラリアに語学留学した友人は、外国語の習得よりもむしろ、ガールハントの方に強い興味を惹かれていたようだった、そんな彼の目下のお気に入りが、黒い広末涼子こと、マリアであった。友人曰く、マリアの褐色の肌には、広末涼子がかつて持っていて、今は失ってしまった健康的な美しさがあるのだという。マリアは、広末涼子よりも純粋に結晶化された広末涼子なのだと。彼はそうした女の子のことを、結晶化少女と呼んでいた。おまえにも、おまえの結晶化少女が見つかるといいな、と彼は言い放った。


第三部「そして、堀北真希へ……」


「童貞の分際で、偉そうに……!」
とはいえ、僕は友人の言葉の影響をしっかりと受けてしまっていた。なけなしの貯金をはたいて千歳空港行きの航空券を手に入れたのもそのためだった。ほんとうは、シベリアや、アラスカなどといったような最果ての地に向かうべきだったのだが、そこまで旅費を捻出することはできず、仕方なしに知床半島を目指すことに決めたのだった。それでも、吹雪の吹き荒れる北海道の大自然には、きっと堀北真希の瞳を上回る冷たさがあるはずだと、僕は信じる。例えば、雪原を駆ける狼の持つ青い瞳には、堀北真希の影が宿っているに違いないのだし、針葉樹林の鋭い立ち姿には、堀北真希が僕に向けた刃の輝きが認められるはずであった。
一度に色々なことを考えすぎてしまったせいで、僕はすっかり混乱してしまっていた。混乱ついでに思い出したのだが、蝦夷狼はすでに絶滅して19世紀に絶滅しているはずだった。堀北真希の刃は北の大地に無数に突き刺さっているにしても、彼女の瞳はもう、北海道には存在しないのだ。さりとて、もう東京に帰るわけにはいかない。「おれは北海道で堀北真希を結晶化させてみせる!」あれほどの大見栄を切って家を出たのだ。帰れるはずがなかった。こうしている間にも、飛行機は東京を離れていく。一秒後ごとへ千歳へと近づいている。しかし、混乱ついでによく考えてみると、ほんとうの堀北真希は東京にいるのである。僕はなぜ、東京の堀北真希を無視してしまったのだろうか。僕は、東京の堀北真希のことを、ブラウン管に写る一種の幻だと見做していたのかもしれない。所詮、自分には触れることのかなわぬものなのだと。違う。アイドルとはいえ、彼女も一個の人間に過ぎないのだ。この瞬間、僕は全世界の結晶化堀下真希を諦め、東京の堀北真希だけを愛する決意を固める。しかし、既に飛行機は飛び立ってしまっている。東京へ引き返すことは有り得ない。僕はあまりの絶望にうずくまってしまってしまった。やがて、スチュワーデスがやってきて、気分が悪いのかと北海道弁で訊いた。
「大丈夫です、ありがとう。ちょっと哀しくなっただけだから(でえじょうぶだ、どうもね。べっこ哀しくなっただけだから)」
と僕は言って微笑んだ。微笑むスチュワーデスの頬に、僕は堀北真希の面影を認める。飛行機は引き返さない。蝦夷狼が絶滅した21世紀を離陸し、蝦夷狼が生き続ける21世紀へと飛んでゆく。

黒い時計の旅 (白水uブックス)

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ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

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