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パーマの失敗・永遠の発見 

思い出

 何かを決断するということには、ものすごく大きなエネルギーを必要とするものだ。就職とか、結婚とか、人生における一大事を決めるときはもちろんのことだけど、もっと些細で、実際的な決断――例えば、ラーメン屋で繰り広げられるような――五目チャーハンを頼もっかなー、ノーマルチャーハンにしよっかなー。そんなしょうもない逡巡にも、やはりそれなりに精神力が注ぎ込まれている。そのことを、僕は実体験として知っている。
 大学入学当時、僕のヘアスタイルはわりとおかしなものであった。鳥の巣、といえばよいだろうか、ライク・ア・陰毛と呼ぶべきだろうか。それとも、ベビースターのチキン味といえばよいだろうか。まあ、大体のイメージは掴めたことだろうと思う。これ以上、自虐的な説明を繰り返す必要はないだろう。とにかく失敗ヘアだったということだ。ちなみに、パーマをかけたのは、そのときが初めてであった。初めての冒険。初めての挑戦。決行前夜、僕は机*1で辞書を引いていた。パーマネント。その文字を、指でなぞるように、読んだ。永遠とか、永久とか、とにかくそのようなことが書いてあった。非常に漠然とした、難解な概念である。正直なところ、僕はよく理解できなかった。とにかく、パーマネントに失敗するということは、むっちゃ長い間、失敗し続けるというころであるのだな。そう理解した。恐れはあった。怯えはあった。しかし、パーマネントをやめようとは思わなかった。そうして僕は、パーマネントに失敗したのだった。
 失敗したヘアスタイルのせいだろうか、初めのうちはなかなか友達ができなかった。なかなかバイトも見つからない。仕方がないので、髪を切った。平々凡々なスタイルに戻した。すると、すぐに気の良い仲間が出来始めた。半年に一度くらいは、合コンにも誘ってくれるような、友達甲斐にあふれた連中であった。バイトもすぐに見つかった。良い事づくめである。
 それからの大学時代は、若干だらだらし過ぎたきらいはあるものの、それなりに楽しいものになった。それでも、たまに考えるのは、もしもはじめから珍毛頭でなかったら、どんな毎日が僕を待っていたのだろうか、ということだ。もっと、明るく、輝かしい青春が、僕にも用意されていたのかもしれない。大学一年生。出会いの春。珍毛頭が、女の子を遠ざけていたのだろう。もちろん、頭の付属する前面パーツの方がずっと問題なのだが、そこは考えるべきではない。とにかく、ぜんぶチンゲ・ヘッドのせい。なのだ。

しかし、僕は同時に、こうも思うのだ。あれは避けられない失敗だったのかもしれない、と。恥毛髪は、運命だったのかもしれない、と。
大学入学したての僕は、何かというか、こう、生き方を変えるための決断をしたいと思っていたし、そうするだけの決断エネルギーも僕の内部には用意されていたのである。内在されたエネルギーは、常にその表出を求める。髪型を変える、その決断は必然だった。これは確かなことだ。しかし、パーマネントの仕上がりを見た僕が、これちょっとおかしいんじゃないかという不安を覚えたのもまた確かなことで、じゃあなぜ僕はそのとき、坊主頭にでもして髪型をリセットしようという決断を下せなかったのだろうか? そうした方が、ずっとよかったはずなのに。そんな問題が浮上してくる。この疑問に答えるのも、やはり決断エネルギー問題だ。一度下した決断をひっくり返すには、単に決断を二度下すということ以上の決断エネルギーを必要とする。生まれて初めてのパーマをかける、という決断を下した僕には、もうそれほどのエネルギーは残っていなかったのだ。
 僕が思うに、宇宙開闢のその瞬間から、宇宙にばら撒かれたエネルギーの量や方向というものは、すでに決定されてしまっているのだろう。ある瞬間のエネルギー状況が、次の瞬間のエネルギー状況を規定する。ビックバンの残響が、そうあるべき推移をへて、僕の決断エネルギーとなる。そのエネルギーの量と方向は、何度でもパーマネントを失敗させるのである。この考えのもとでは、時間は存在しない。未来は、最初期の過去にすでに含まれてしまっていて、この宇宙では、時間というものは一度たりとも流れることがないのだ。
僕は机*2で辞書をひく。パーマネント。その意味を、僕はすでに知っている。
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