読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

悪の海岸

IMGP3366-1 
 僕がまだ若く、心がいまよりもずっとざわめいていたころ、海岸には巨石が林立していて、若者たちはそこで各々のささやかな悪を育くんでいた。波にえぐられ、きのこ状に形を変じた岩陰は、野暮天な大人たちや、洒落の通じない警官どもから身を隠すにはもってこいの場所だったのだ。もちろん僕も、そうした若者のひとりであったので、夏が来るたびにあの岩陰に出向き、ここではとても書けないような悪の実践に励んでいた。
 岩陰は無数に存在していたけれど、自分のお気に入りの実践場を見つけることは、決して簡単ではなかった。海岸には、日本語、英語、中国語、ハングル、あるゆる言語が刻まれたゴミが流れ着いてくる。そうした中で、潮風と海流に守られた、ゴミを寄せ付けない場所を探さなければならないのだ。その他にも、草の生え方や、岩の丸められ方など、考えるべき要素はいくらでもあって、それらの条件を全て満たした場所となると、長い海岸線の中にもそう幾つもあるものではない。
IMGP3350-1
 僕がその場所を見つけたのは、高校二年生の夏のことだ。柔らかな草地、雄雄しくそびえたつきのこ岩、可愛らしい浜昼顔、全てが心地よい僕だけの隠れ家を、僕はようやく見つけることができたのだ。高校入学してから、一年と半年の時間が流れていた。理想の場所を見つけるまでに、これほど長い時間をかけてしまったのだから、絶対にこの場所を手放すわけにはいかないな、そんなことを考えていたように思う。僕は、隠れ家に悪い小説や漫画、音楽などを持ち込んで、太陽が海に落ちるまで、短くはかない、それでいてひどく長ったらしいような時間をそこで過ごしていた。
 誰の影響だったのかはわからないのだけど、当時の僕は東京に強い憧れを持つようになっていて、はやく目の前の海を飛び越えて東京湾にたどりつきたいと、そんなことばかりを考えていた。本来、僕がすべきことは東京の大学に入学するための受験勉強だったはずなのだけれど、僕は相変わらず海岸で悪事を働いていて、何か明日に結びつくようなことは何一つしようとはしなかった。明日のことなど、永遠に先延ばしにすることが可能なように思っていたのだ。すぐにでも島を出て行きたいと思っていたのに、ずっとこの一日が続いてしまってもよいとも思っていた。
-2-1
IMGP3183-1
 しかし、そんな黄金の時間は、長くは続かなかった。それは夏の終わり、例の場所を訪れた僕は、そこで、あってはならないものを発見してしまう。使用後の避妊具が、僕の聖地に置き去りにされていたのである。心底腹が立った。このようなことがないよう、わざわざ奥まった場所を選んだというのに、ついに夏の魔物たちが僕の聖地にも侵入してきたのである。しかし、敵は自分のゴミの始末もつけられないような低能どもである。僕は悩んだ。どうすれば、この魔物どもを追い払うことができるだろうか?このくされ青姦外道、セックスオンザビーチなビッチ野郎どもに、どうすれば天誅を与えることができるだろうか?
 妙案が思い浮かばなかったので、僕はいつものように過ごすことにした。とりあえず、流木を使って避妊具を眼に入らぬ場所まで弾き飛ばした。二、三日後、聖地で獣どもと鉢合わせをすることになった。雄はひょろりと背の高いうらなりびょうたんで、雌の方はやたらにつやつやとした髪の毛をもった、色の白い可愛らしい子だった。格好からすると、どうやら僕の後輩であるらしかった。敵が年下であることに気を大きくした僕が無言で睨みつけると、彼らは決まり悪そうにその場から立ち去った。危機は去ったのだ。
しかし、結局のところ、僕の心は晴れなかった。なんだか自分がひどく恥ずかしいことをしてしまったような気がしていたし、あの女の子の白い肌が、僕の眼に焼きついて離れなかったのだ。あのころの僕はひどく惚れっぽい性格をしていたから、一瞬で、あの子のことを好きになってしまっていたのかもしれない。それから結局、僕はあの悪の海岸には行かなくなってしまった。1999年。人類滅亡が予言された、世紀末の夏の話である。
IMGP3223-1