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オバマ

 大暮維人はアクロバティックなストーリー展開に定評のある漫画家ではあるけれど、さすがにここ最近の「エア・ギア」の展開にはちょっと空恐ろしいものを感じる。オバマ次期大統領が登場したかと思ったら、主人公のチームメイトの女の子と脈絡もなく「オレがオマエでオマエがオレで」になってしまったのである。この漫画の中のオバマは、スゴいローラースケートで夜の街を駆け抜けるカッコいい大人として描かれており、どうやら自由のために闘う闘士でもあるらしい。
 極東の島国の漫画にまで、わけのわからない登場をしてしまうオバマ。こんな大統領もなかなかいないだろう。ブッシュ大統領もよく漫画に登場する人物であったが、多くの場合、彼は漫画の中では典型的な権力者、腐敗した独裁者として描かれていて、エア・ギアの主人公イツキから「イカスね この人 俺らなんかより よっぽどガキだぜ!」なんて賛辞を贈られるような扱いを受けたことはほとんどなかったように思う。オバマは違う。ルックスはまるで村役場に勤める朴訥な若者といった風情なのに、誰もがオバマには夢をみてしまうのだ。僕もそうだった。
 僕が幼少期を過ごしたのは、沖縄本島中南部に位置する基地の街だ。街には軍属の家族も多く暮らしていて、外国人の子供を見かけることも珍しくはなかったのだけれども、彼らに対して僕ら地元の子供たちがとった態度は、それはひどいものだった。黒人の子供を見かける度に、黒んぼ黒んぼといって囃し立てた。白人の子供には、何も言わない。滑稽なくらい残酷で、卑屈な話ではあるけれど、当時その街に住む沖縄人の子供たちは、概ねそのように振舞っていた。僕も同じだ。そんなことをしたかったわけではなかったけれど、やってしまっていた。そうすることが当たり前のような空気があった。
 僕らが囃し立てた黒人の子供たちの中には、涙を浮かべるものもいた。今となっては、その表情をはっきりと思い出すことはできないけれど、不意に映像が生々しく甦ってくることがある。罪悪感を感じる。今だから感じるのではない。当時から、罵りの声をぶつけていた、あの瞬間にだって、確かに罪を感じていたのだ。それはきっと僕だけではなかったのだと思う。しかし、結局のところ、その街の子供たちは、誰ひとりとして自分たちの行動を止められなかった。僕らには、変えることができなかった。
 いま、黒人が大統領になるような時代に、あの街の子供たちはどうしているのだろう? きっともう、黒人を罵るようなことはできないのではないかと思う。僕らが変えることのできなかった街を、彼らの方が変えてくれたのだ。
 僕の子供時代、TVにはマイケルジャクソンが映っていた。エディマーフィもいた。MCハマーだって人気者だった。けれど、僕らが生きている間に、黒人の大統領が誕生するなんて、夢にも思わなかった。だから、きっとオバマは僕にとって、夢にみることのできなかった夢なのだ。間違いだらけだった僕たちを、遠い未来から正してくれるような、そんな夢だ。
 手前勝手な話だし、たぶんこれは筋違いな期待だ。オバマは漫画に登場するようなヒーローではなく、ただの大統領なのだから、そのような法外な期待に応えることはきっとできないだろう。いま、ガザで起きていることについても、オバマは何も語らない。オバマがこのままイスラエルの行動を許してしまうのなら、あるいはイスラエルの行動に荷担しつづけていくのなら、僕はもう彼に何の夢を見出すこともできない。
 ガザにおけるイスラエルの行動は、決して許してはならない重大な犯罪だ。あれを許すということは、これから先に起こる全てのことをも許してしまうということだ。仮にテロリストが核でニューヨークを、あるいは東京を、東京を攻撃して、僕や僕の恋人、友人たちをみな焼き殺してしまっても、それはすでに許されたことだ。だって、こちら側はそれをすでにやったのだ。ホロコーストを仕掛けておいて、それを正しいと言ったのだ。もう、どこにも倫理はない。何もかもが有効だ。僕らが黒人の子供たちにしたことも、遡って全て許されてしまうだろう。僕はそんなことを許してもらいたくはない。
 もちろん、オバマはアメリカの大統領で、アメリカがイスラエルを咎めるわけがない。今までのアメリカの大統領が誰もしなかった、あるいはできなかったことを、オバマにだけ期待しても仕方がない。あの街にいた僕らと同じように、アメリカ大統領にもできることとできないことがあるのだろう。オバマの肌が黒いからといって、彼が全ての差別や不正を解決できるはずもない。オバマには全く期待できない。
 でも、それでも、僕はオバマイスラエルを非難してほしい。政治的に圧力をかけてほしい。兵器の供給を止めて欲しい。せめて、形式的にでもいい。イスラエルの軍事行動を支持しない、と言ってほしいと願っている。夢にみることもできなかった夢を、もう一度叶えて欲しいと願っている。
 僕がひどく無責任なことを言っているのだということは、よくわかっている。

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