東京せよ、さもなくば恋

IMGP4805(東京を眺める1)

IMGP4816(東京を眺める2)

IMGP4839(東京3)

IMGP4836(東京4)

IMGP4862(東京5)


 流行り歌にのせられて、おれも何となく上京を果たしたような気になっていたのだけれども、よくよく考えてみれば、おれはずっと千葉だの神奈川だのをずっとぐるぐると彷徨っているばかりで、これまで一度として東京にたどりついたことなどなかったのだった。
 ちなみに、東京の範囲に関するおれの判断基準は極めて厳しいもので、例えるなら錦糸町はおれの中では東京ではない。千葉である。
 なぜ、そのような誤解が生じるに至ったかというと、千葉から新宿へ向かう際には、錦糸町で総武線快速から鈍行に乗り換えなければならず、そのことがおれの脳内に錦糸町こそが千葉と東京を分かつ関であるとの印象を与えてしまったようなのだ。
 だったらば、錦糸町はギリギリ東京だと判断するのが自然であるようにも思われるが、錦糸町駅前に漂う、どうにも隠しようもない千葉臭は、おれに錦糸町は千葉であると誤認させるに十分な力を有していたようだ。

東京6

IMGP4801(東京7)


東京8

東京9

 あれから、幾度となく錦糸町で電車を乗り換えてきた。しかし、おれの電車はいつのまにか規定の路線から脱線してしまったようで、おれは未だに東京の人間にはなっていない。珠玉の街はさよならに耳を貸さないのに、おれときたら未だに「はじめまして」の握手さえ交わせていないような上京だ。
 これらの写真を撮った場所だって、住所でいえば、紛う事なき「東京」であるのだが、東京で写真を撮ったような気にはまるでならない。そこがどこであれ、僕が足を踏み入れた場所は、東京ではないような気がしてしまうのだ。どうやらおれは、空に霞むあの摩天廊だけが東京なのだと思い込んでいるようだ。

IMGP4985(東京10)

東京11

IMGP4994(東京13)

 最後の三枚は、多重露光ではなく、夢の島熱帯植物館の温室に映りこんだ風景を撮影したもの。一見、熱帯が東京の風景を侵犯しているように見えるけれど、実際には逆で、覆い被さっているのは東京のほう。いかにもつくりものめいてみえる熱帯の木々の方がほんものなのだ。
 東京に辿りつけずにいる間に、まぼろしの東京はどんどん変容してしまい、ついには何がまぼろしで、何がほんものなのかを判断することも難しくなってしまった。あの摩天楼の下では、可愛い女の子たちがほほえみを浮かべ、道行く人々に甘やかなキッスを投げかけているはずなのだが、東京にたどりつくことの出来ぬ僕にはそれを確認することさえできそうもない。