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おれたち秘境探検隊vol.3―死の海岸と秘境の果て―

IMGP6844(海)

海に行くつもりじゃなかった。嘘だ。完全に行くつもりだった。行くつもりで、行った。
我々には、海に行かなければならない理由があったのだ。
話は前回の探検にまで遡る。
「何も山奥ばかりが秘境じゃない。どこだって秘境なのだ。自分が生まれ育った実家でさえも……。」
隊員Aはこの世界をあまりにも正しく理解してしまった。
この世界の本当の姿。それはとうてい常人に耐えられるような代物ではない。。
酷薄なまでの真理が、隊員Aの神経をギリギリの領域まで追い詰めてしまった……。
「ねえ、ヨグ原さん、どこだって秘境、自分の家だって秘境だって言うのなら……僕たちはもう、どこにも行かなくてもいいんじゃないですかねえ? もう、どこにも行けないんじゃないですかねえ……」
隊員Aは、もはや僕の目を見ようともしなかった。まるでつまさきにでも語りかけているかのように、彼はうつむいていたのだった。
秘境は、真理と引き替えに、彼の心から安息を奪ってしまった。このままではいけない。
僕には隊長として、彼を人間の世界に引き戻す責任がある。温かな人間の世界へ、何としても彼を帰さなきゃならないのだ。
さんざん悩んだあげく、僕は彼を海に連れていくことに決めた。うららかな陽光を浴び、さわやかな潮風を受ければ、たいていの悩みは消えてなくなるはずだ。人間機械論者であった僕は、素朴にもそう信じていたのだ。
そのときの僕には、その信仰こそが致命傷になるのだとは想像さえしていなかった。もちろん、致命傷を負うのは隊員Aでなく、僕であることなど分かりようもない。とにかく僕たちは海に行くことに決めたのであった。目的地は、B海岸。K県M半島に位置する、仏教四天王の名を持つ海岸である。四天王の振るう宝剣が、きっと隊員Aの妄念を打ち払ってくれる。そんな期待もあった。(もちろん、この期待も的外れなものだった)
IMGP6833(洞窟)
電車からバスを乗り継ぎ、M半島へ。東京を出る前は完璧だった晴天も、今は分厚い雲に覆われてしまっている。駅前で食べたマグロ丼も、ひどく不味かった。まるで僕たちの行く末を暗示しているように思えて、僕は憂鬱な気持ちになった。
「ここも秘境、帰っても秘境。みんな違って、みんな秘境……」
隊員Aは相変わらずつまさきに語りかけている。このままじゃいかん。僕は隊員Aを勇気づけるため、歌を歌うことにした。ミスタードーナツのテーマソング。調子外れの僕の歌が功を奏したのか、隊員Aがくすりと笑った。大丈夫だ。きっとうまくいくさ。祈るような思いであった。しかし、海岸へとたどり着いた僕たちを出迎えたのは、恐るべき光景だった。
IMGP6812(棺

IMGP6929(人工物)

IMGP6936(死の13)

棺、コンクリート、13……。それらは、死。あらゆるものが、死を暗示している。写真には撮らなかったが、足下はフナムシの大群が覆い尽くしていた……。僕はすっかりおびえきってしまい、すがるような思いで隊員Aの方を振り返った。衰弱した今の彼が、こんなものを見たら、とりかえしのつかないことになってしまう。しかし、彼はいたって平静だった。神経衰弱に陥ったはずの彼が平然としているのを見ていると、逆にこちらの方が不安になってしまう。
「A……、おまえ、怖くないのか? 」
僕の声は震えていたが、隊員の表情は穏やかなものだった。まるであの夏の浜名湖のようだった。
「何を怖がることがあるんですか、ヨグ原さん。どんな場所だって等しく秘境なのだとしたら、生きてることも死んでることも、全く違いなんてないじゃないですか。宇宙はひとつなのです。生と死、それは状態の違いでさえないのですよ。全く同じものなのです。私たちの見る角度によって、姿を変えるだけなのですよ……」
恐怖に震えた。歯の根があわず、膝も笑ってしまう。僕はここにきてようやく、隊員Aの陥った地獄の深さを思い知ったのだ。
「Aよ……」
僕は問いかける。
「この世に、美しいものはあるのかい?」
隊員Aは答える。
「ありません」
隊員Aの答えに迷いはなく、吹きすさぶ潮風にもかき消されることはなかった。
「Aよ……」
僕は再び問いかける。
「この世に、醜いものは、あるのかい?」
隊員Aは答える。
「ありませんよ」
隊員Aの答えに揺らぎはなく、吹きすさぶ潮風にもかき消されることはなかった。
言うべきことは残されていなかった。
Aの地獄はもはや、僕の地獄だった。
語るべきこともなく、僕たちは押し黙ったまま港に戻った。陰鬱な空気に包まれた僕らを、痩せぎすな野良猫が睨み付けてくる。
IMGP6772(猫2)

IMGP6766(猫1−2)
それにしても、と僕は思う。
どうして港の野良猫は、例外なく痩せているのだろうか。魚ならいくらでもありそうなものなのに。そもそも、猫はほんとうに魚が好物なのだろうか。猫科の動物で、魚を主食にしている奴なんて思い浮かばない。もしかすると、猫は別に魚なんて好きじゃあないのではなかろうか……。
その問いに答えはない。
答えはなかった。

※関連

おれたち秘境探検隊vol.1―東京の廃村―

おれたち秘境探検隊VOL.2―羽田空港、夢想家の密林―