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ぜんぶ、ストIIのせい

USSR!飛行機がザンギエフステージに向けて飛び立つ瞬間に鳴り響く、あのボイス。
USSR。幼かった僕は、それがソヴィエト連邦の略称であることさえ知らなかった。
僕の辞書はナポレオンもびっくりするほど白紙のページばかりで、不可能も可能も全く掲載されてはいなかった。これから書き込んでいかなければならないことが山ほど残されていた。そんな僕が知っていた、数少ない真実。
それは、ストリートファイターに登場するキャラクターは、みな最高だということだった。以前、SNKのキャラクターデザインのことを、口を極めて罵ってしまった僕だけれども、格闘ゲーム界のもう一方の雄であるCAPCOMの「ストリートファイターII」のキャラクターデザインについては、悔しいけれど・おまえに夢中と言わざるをえない。
ダルシムブランカ……ほんとうに、僕は彼らが大好きだったのだ。

リュウvsブランカ*1

けれど、彼らのことを思うとき、少し後ろめたくなるのはなぜなのだろう?
彼らをみる僕の目線に、疚しいものがあるのだろうか?
……きっと、そうなのだろう。思えば、アーケード版のデモ画面にもちょっと引っかかるものがあった。びっくりするくらいステロテイプな白人男性が、同じくびっくりするほどステロタイプな黒人男性を殴り倒すというものだ。(この二人はゲーム本編には登場しない)wikipediaによれば、海外版の『Street Fighter II' SPECIAL CHAMPION EDITION』ではこのデモ画面は白人同士のストリートファイトに差し替えられているという。

デモ(IMGP5595)

はっきりと言ってしまえば、ストIIに登場するキャラクターの面白さは、つまるところ、こうした「ソフトな悪意」によるものだ。その毒素が魅力的な刺激として機能していることも確かなのだが、かといってそれを無批判に飲み干すのはやはり危険なことだろう。
何しろ、ダルシムの首飾りは子供たちの髑髏でできているのであり、ブランカは電気ナマズの如く放電する野生児なのだ。ここには明らかに未開の土地に対する差別的な視線が存在しているように思える。

ダルシム(IMGP5138)
ブランカ(IMGP5415)

こうしたことに、もっとも自覚的であったのは、実はCAPCOM自身ではなかったかと思う。それを証明するキャラクターが存在する。
もちろん、E本田だ。カブキ・ペイントをほどこしたスモウ・レスラー。日本人なら誰もが眉をしかめるバッドテイストを意図的に導入することで、CAPCOMチームは自らの偏見が世界中に「分け隔てなく」注がれていることを示そうとしたのだろう。我々はE本田のような力士は存在しないことを知っているし、銭湯には土俵など設置されていないことも知っている。
知っていることをあえて間違えることで、我々はインドもブラジルもほんとうはダルシムブランカではないことを知っていますよ、知っていてあえてダルシムブランカなのですよ、と言っているのだ。

(E本田)IMGP5499

しかし、この言い訳はいかにも厳しい。
結局のところ、それは演じられた偏見にすぎないのだ。演じられた偏見に、人間を傷つける力などあるわけがない。実際、日本人は、E本田のバッドテイストに眉をしかめはしても、彼に心を傷つけられたりはしない。
ダルシムや、ブランカは違う。もちろん、彼らに捧げられた偏見も、E本田の場合と同じく「あえて」演じられたものなのだろうが、だからといって、それらは同列に並べることができるようなものではない。

さあ、実に困ったことになった。ほんとうは、なんだかんだ言ってもやっぱりストIIは最高だぜ、的な方向性で文章をまとめたいと思っていたのだけれど、紙幅が尽きようとする今になってもなお、僕は彼らを擁護する言葉を見つけられていない。
いや、擁護するだけなら簡単なのだ。そんなことは関係なく、とにかく好きだと、そう言えばいい。
問題は、そうすることが果たして正しいのか、ということだ。
僕が愛聴しているラジオ番組、「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」でも同様の問題が取り上げられている。
映画「レスラー」において描かれる主人公の破滅の甘美な描き方は、三沢光晴の死をそこに重ね合わせてみた場合、とうてい受け入れることはできない、というリスナーの意見を踏まえ、宇多丸さんはこのように発言している。

「だからプロレスってこんだけ身体痛めつけて危険なんだぞと、無理しながらやってんだぞと、で、それによって、命が失われたりとか、人生が不幸になるんだって言うんだったら、それってダメじゃん!っていう……。好きになればなるほど、例えばその、アイドルだったら。アイドルを好きになればなるほど、アイドルというシステムは構造的に、アイドル本人を、そしてファンを、結局は不幸にしてしまうシステムなんじゃないのかって思うことはあるわけですよ。(中略)ってことは、アイドルを応援すること自体が、アイドル本人ってことを考れば、よくねえんじゃないのかって……」

この問いに答えは無かった。自分の愛するものが、何かを蝕んでいくとき、僕たちはどうすればいいのだろう。 
そうした矛盾を呑み込んで愛すること、それ自体は簡単なことだ。僕たちはそうするように作られてきたし、事実そうしてきた。
愛するものが間違っていることを分かっていて、それでもなお、愛する。簡単なことだ。僕たちが何度も何度も繰り返してきたことだ。しかし、こうした愛の作用を、無反省に信じ切ることは、果たして許されることなのだろうか?
 等速直線運動する力士、ただの拳骨をヨガスマッシュと言い張る行者、ロシアンサイズのブリーフの膨らみ、ブランカ2Pのありえない肌色、ほうき頭のアメリカ軍人、赤い空手着、ドアノブのカバーを頭に付けた中国人……。ゲームセンターに産み落とされた、美しい生命たち。彼らがいま、僕たちの愛を試そうとしている。

※関連 
ぜんぶ、KOFのせい - 飲めヨーグルト

 

*1:このエントリの画像は、PS2ソフト「ハイパーストリートファイターII」の、ブラウン管テレビでのプレイ画面を撮影したものです。