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あまずっぱい?いや、すっぱい

空想


バレンタイン・デイ。どんな男子であっても、この日には特別な思い出があるはずだ。もちろん、それが良い思い出であるとは限らないが……とにかく、何か語るべきものがあるはずだ。
こういったことを書くと、意地の悪い君たちは、また僕がモテ男をうらやむ歌をさえずりはじめるのだろうと早合点しているのではないかな。バカを言っちゃあいけない。だってオレにも、ヴァレンタインはあったんだぜ。それもとびきりのヴァレンタインが……。

もう、十年以上も前のことだ。バレンタインディを間近に控えた八月、僕はふとしたきっかけで、隣のクラスの女の子と仲良くなった。いままでほとんど話したことのない女子だったが、僕が当時発売されたばかりだったナンバーガールの「School Girl Distortional Addict」(1999年)を持っていて、女の子はスーパーカーの「JUMP UP」(1999年)を持っていたことから、互いにCDを貸し借りするようになったのだ。いわば、ロッキンオンジャパン。が繋いだ縁であると言うこともできるかもしれない。ありがとうロキノン。彼女はちょっと(いや、かなり)変わった女の子だった。なにしろ、彼女はショーン・レノンのファンだった。お父さんであるジョンさんが好きだというのなら、我々の世代であっても十分に理解できるのだが、よりにもよってなぜショーンさんにいってしまうのか。当時の僕には理解できなかったし、ほんとうのことを言えば、27歳になった今でも理解できていない。彼女が言うには、『ユニクロばっか着てそうなところがかわいい』とのことだった。

映画『(500)日のサマー』(2009年)では、ヒロインのサマーがリンゴ・スターのファンであることで、彼女が風変わりな女性であることを表現していたが、僕に言わせればちゃんちゃらおかしく、映画そのものを冷ややかな眼でみることになってしまった。リンゴ・スターなんて、名前もスティーブ・ジョブスみたいで格好いいし、曲がりなりにもオリジナルメンバーであるわけだから、全然理解可能な領域だ。こっちのサマーの方がよほど意味不明だった。だいたい、ユニクロが似合うっていったって、当時のアメリカにユニクロなんてなかっただろうし、仮にあったとしても、意味不明なことにかわりはない。

 ともかく、そのサマーがバレンタインディに、梅干しをくれることになった。それも、小さな壺に入った高級な梅干しをくれるというのだ。うれしかった。なぜ梅干しなのかは分からなかったが、うれしかった。うれしかったのだが、結局のところ、僕は梅干しをもらうことはできなかった。というか、どういうわけだかバレンタンディには何ももらうことができなかった。サマーは雲のジュウザの如くとらえどころのない人であったから、おそらく日が近づくにつれめんどうくさくなってしまったのだと思う。

バレンタインディがとっくに過ぎた3月になってから、ようやくサマーは僕にチョコレートをくれた。スニッカーズだかミルキーウェイだか忘れてしまったが、いかにもデブが好みそうなヌガーチョコだったのは確かだ。喉が焼けるほど甘かった。
あれから、十年以上の時が流れた今になっても、この季節がくるとあの焼け付くような喉の痛みを思い出す。もらうことのできなかった梅干しの酸っぱさも。そして、バレンタインディなどそもそも森永製菓の販促キャンペーンに過ぎなかったのだ、という厳然たる事実を改めて胸に刻むのである。