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もしも、もしも、もしも

 もしも、僕が史上最高の超能力者だったら、この世から「もしも」という言葉を放逐してしまうだろう。「もしも」と心のなかでつぶやいたら、それはすでに叶っている、そんな世界を造るだろう。
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もしも、誰も死ぬことがなかったら。もしも、世界中の人々が笑って生きていけたなら。もしも、あのゲス野郎どもが、地獄の最下層に落ちてくれたなら。あらゆる「もしも」が「もしも」でなくなる。そんな超能力が欲しかった。小説を書けば、物語を語れば、そんな超能力者に僕もなれるだろうと考えた。小説なら、かんたんだ。たとえば、僕が映画監督で、人類の滅亡を描いた映画を撮りたいと思ったなら、いったいどれだけの才能と予算が必要になるかわからない。ところが、小説ならば、「隕石が落ちた。人類は滅んだ。」と書いてしまえば、隕石は落ちるし、人類は滅んでしまうのだ。なんてかんたんで、なんてすばらしい超能力なのだろう。ほとんど、神様みたいなもんじゃないか。
 そんな、にきび面の中学二年生のような思いで、僕は小説を書き始めた。十枚も書かないうちにわかった。「隕石が落ちた」と書いただけでは、隕石は落ちないし、人類は滅亡した、と書いただけでは、人類は滅亡しない。それどころか、主人公に買い物に行かせるということでさえ、小説のなかでは決して簡単なことではないのだ。あれは、何なのだろうか? 物語? 小説? それとも、別の何かなのだろうか。最高の超能力者である自分を、奇妙なルールが縛り付けていて、それに反するためには、尋常ならざるエネルギーを必要となるのだ。
 一行目に書かれた文章が二行目の文章を決定し、二行目はさらに三行目を決定する。バカが倒したドミノのようなものだ。三日間、仕事をしている振りをしながら考えた構想が、まるごと台無しになっていくのを、僕はただぼんやりと見ていることしかできなかった。
 たぶんきっと、ほんものの神様だって、この世を自分の思い通りにデザインできたわけじゃないんだろう。最近読み始めた旧約聖書でも、神様は何度もトライアル&エラー、あるいはスクラップ&ビルドを繰り返していた。おそらく、どんな物語の神様も、創造者であっても全知全能ではないのだ。小説の世界では、神は細部に宿る、なんて言い方をするけれど、そんなことをいったらこの「現実」の細部はどうなんだ。こんな雑な仕事が許されるのか。
 そんなことを思っていたけれど、自分が神様になってみたところで、ねえ、望んだ物語が語れるわけでもない。小説のなかでさえ、「もしも」を叶えることはできなかったけれど、それでもともかく僕の小説は完成した。もちろん、バカのドミノ倒しのような内容だ。

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 その小説を載せてもらった文芸誌UMA-SHIKAは今回の文学フリマで109部も売れたという。ほんとうにありがたいことだ。今回のUMA-SHIKAは200ページ以上の大ヴォリュームだから、きっと僕の小説はすぐには読んでもらえないだろう。それでも、誰かの本棚にはすでにUMA-SHIKAがおさめされていて、僕の物語も、ページの隙間から自分の出番がくるのをじっと待っている。いつか、僕の小説のページが開かれることもあるだろう。その瞬間を想像するだけで、僕は緊張と興奮で死にそうになる。あらゆる「もしも」を失ってしまった僕だけれども、それでも「もしも」と考えることがあるとすれば、こんなことくらいだ。「もしも」あなたの本棚にUMA-SHIKAがあったなら、「もしも」あなたが僕の小説を読んでくれたなら。
 もちろん、こんな可能性だって考える。「もしも」あなたがまだUMA-SHIKAを手に入れていなかったら。
 でも、心配はいらない。UMA-SHIKAは通販で手に入れることができる。
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手に入れることが、できるのだ。