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ブログが殺しにやってくる/ブロガー殺しにやってくる

生活 写真

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 いまさら、こんなことを言い始めるのもどうかと思うのだけれども、2004年の1月31日。これはこの日記に記された最も古い日付なんだけども、ということは、つまり、おれが日記をつけはじめてから、もう7年弱の月日が流れているということなんだよね。この事実に気がついたときの気持ちをどう表現していいかわからないのだけど、ざっくり言ってしまえば、ぞっとした。そう、ぞっとした、という感覚がいちばん近い。だっておれは。日記を。7年間も。インターネットに。公開し続けている、のだ、よ。7年といえば、幼稚園児だって中学生になるし、もう一息で十年という単位に届こうかという年月だし、殺人の懲役刑もそんなもんだし、何より28歳という自分の年齢から考えれば、おれの人生の1/4はインターネットに保管されているともいえるんだよね。
 怖い。おれは怖いよ、だっておれは、まあ、最近じゃあね、更新するのも月に1、2回という体たらくのこの日記だけどもさ、少なくても明日や明後日にこの日記をやめようとは思っていないわけで、この調子でズルズルいけば、20年間はてなで日記を更新するってことも、ありえないとは言い切れない。そのころは、西暦でいえば2024年くらいで、おれは41歳になっているはずだ。そのころになるともう、人生の半分がこの日記に記載されているわけだよね。過去ログをずっと遡ってみればさ、おれという人生の、まさに半生がだいたいわかるわけだよ。もちろん、おれだって、人生の全てを日記に書いているわけじゃないよ。むしろ、起きたことよりも、起こらなかったこと、頭の中だけで起きたことを書いていることのほうがずっと多いよ。ただ、それでもね、使っている語彙だとか、載せている写真だとかから、人生の状況っていうのはある程度うかがい知ることができるわけじゃないですか。おれは41歳にもなってさ、そんなものを直視させられたくはないよ。
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 だいたい、誰もがこの人殺しの顔をするようになった21世紀の日本で、こんな風に暢気に文章を書いている余裕なんて、本来はどこにもないはずなんだよ。おれも周りのサラリーマンだって、みんな生き残りに必死だよ。わずかな余暇をつかって、英語を勉強したり、経済学を勉強しているんだよ。それを横目に、おれはこうやって一銭の得にもならない文章を書き散らかしているわけなのだから、これはもう、狂気の沙汰ですよ。落ちぶれたって仕方がない。ほんとうのことをいえば、20年もの長きにわたって、インターネットに接続できる環境を維持していけるかどうかもわからない。
 もちろん、こうやって文章を書くことで、何一つ得るものがなかった、なんてことを言いたいわけじゃない。日記を書くことで、たくさんの面白い人間に出会ってきたし、今後も出会っていくだろうと思う。これから、何かほんとうに言いたいことが生まれたときに、この日記は誰かにそれを伝えるための手段になってくれるかもしれない。素晴らしいことだと思う。それでも、そんな黄金の価値を秤に乗せながらも、やはりおれは怖い。日記を書けば書くほど、どんどん自分の人生があらわになっていくような気がする。それが恐ろしくて仕方がない。そうやって、全てが明らかになってしまって、おれの人生、おれの価値が、ほんの数キロバイトくらいのものでしかない、なんてことになってしまったら、どうするよ?