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それからの十日間

あの地震のあとには、あらゆるものの見え方が変わってしまった。というのはやはり言い過ぎで、変わるものもあれば変わらないものもある。今日の気分はどちらかといえば、変わっていない、という方向に流れているかもしれない。それでも、風のにおいや空の色は確実に変わってしまったような気がしているのだけども、きっと変わってしまったのは、おれの方なのだと思う。被災に遭われた方々のことを思えば、こんなのんきなことを記していくのはおかしいし、拙い上に何の実用性も持たないこの文章だって、電力によって記録され、送信されているのだから、ほんとうに申し訳ないと思うのだけど、最近のおれはよく空をみるようになったし、桜のつぼみが開きはじめたことにも気がつくようになった。

もちろん、それは地震から一週間以上経った今だから言えることだ。地震の翌日、3月12日には、ずっとテレビとネットを眺めていた。翌々日の3月13日もそうだ。何度も繰り返される津波の映像をみている間にだんだんと気分が沈みこんでいった。おれは冷戦末期の生まれだから、やはり放射能放射線放射性物質*1とにかくそういった物事が恐ろしく、東京電力保安院の会見中継を眺めていた。津田大介もフォローした。個人でガイガーカウンター放射線を計測している人々もフォローした。名前を知っている数少ない学者たちもフォローした。(学者たちは、思っていたよりもずっとだらしなかった)もちろん、何をみたところで何かがわかるはずもない。誰がどれだけわかりやすい説明をしていても、おれは簡単に「わかった」とは言いたくない。実際におれはわかっていないのだ。わかっていないのに「わかった」と言ってしまうことがロクな結果を生んだ試しはない。そのことを、おれはフォークランド戦争が終結しゼンショーが設立された年から始まったおれの個人史の中で学んできた。そう、おれはなにもわかっていない、しかしわからないならわからないなりに暫定的な答えは出さなくてはならない。おれは何一つ決断しなかったが、それもまたひとつの答えだ。日常は続行される。

地震から土日を挟んだ3月14日、おれは会社に出社した。おれが使っている路線は計画停電にも関わらず生きていて、いつもよりもきついラッシュに耐えて出勤すると、オフィスはあっけにとられるほど普通だった。あまりの普通ぶりが逆に恐ろしかったが、考えてみれば混乱したおれも職場では普通に笑顔で冗談を言ったりしていたのだから、ほんとうは皆それぞれに混乱していたのかもしれない。東京では、やはり停電や物不足が会話にのぼることが多かった。停電や物不足でわずかばかりの不便に耐えなければならなくなったところで、震災の痛みを分ちあっているような気分になってしまっている。さすがにそれはどうなんだ、と反省するが、おれの反省になど価値は全くないことに気づく。原発はやはり東京湾に作られるべきだった、そう口走ったところで、そんな計画が実行されるはずもないことをおれは知っている。おれたちは卑劣だ、電力を享受しながらリスクを他人の土地に押し付けている。しかし、そんな懺悔をして気持ちのよい感傷に浸っていてはもうだめなのだ。かといって、どうするべきかはまだわからない。ともかく、選挙権の行使について、おれたちはもっと真剣に考えるべきだったと思う。今のところは、それくらいしか思いつくことがない。様々な意見があるだろうが、おれが原発を推進する人間に票を投じることは今後もないだろうと思う。原発は経済的だ、と人は言うが、その計算には、今回のような事態に陥った際に社会が支払わなければならないコストは含まれているのだろうか。人命を含め、回復不可能なものも山ほどあると思うのだが。今回、失われた・失われる人命はおれたちにとってとても重い意味を持つのだと思う。社会が個人に自己犠牲を強いる、その瞬間をおれたち全員が目撃し、おれたち全員がそれに加担している。これは社会に取り返しのつかない傷を与えてしまうんじゃないかと思う。

3月14日の午後には会社から自宅待機するようにと指示が下された。鉄道会社は昼間の電車を一部区間で運休にしていた。賢明な判断だと思う。その日の東京は、真夏のような暑さで、コートにジャケット、その下にカーディガンまで着込んでいたおれは汗だくになってしまう。

3月15日、静岡で地震東海大地震、富士山噴火。そんなフレーズが頭に浮かぶ。そんなことが起きたらいよいよ終わりだろう。「ドラゴンヘッド」という漫画を思い出す。おれは途中で読むのを止めてしまったから、結局あれがどういう話だったのかわからないのだが、きっと周りの人間にきいてもこの漫画の結末はわからないだろう。何となくだが、この漫画を最後まで読んだ人間はそれほど多くないんじゃないかと思う。地震後、すぐに東海道新幹線は復旧。我々はどうやら助かったようだ。

3月16日は、自宅待機。週刊少年マガジンが平然と売られていたので、コンビニエンスストアで購入する。おれはこの雑誌ではベイビーステップという漫画が好きだ。未だ先行きの見えない福島の原発におびえながら、そろそろ若者の領域からはみだしかけた28歳の男が少年漫画を読んでいる。

3月17日、ようやくおれは募金する。いつもお世話になっているはてな社経由で募金するのがよかろうと思うも、クレジットカードの認証がなかなかうまくいかず、自分なりに痛手を感じるような金額を募金するつもりが、結局はその三分の一ほどの金額を募金するだけで終わってしまった。はてなポイントは一日に一回しか購入できない仕様になっている。募金しそこねた分はまた別の場所で募金しようかと思う。DMM.comで募金すれば、こちらが出した2倍の金額が募金されるらしい。気になるが、個人情報を渡すのは何だか少し不安だ。
募金するためにクレジットカードの認証コードを眺めているうちに、おれはこれを機に貯金の一部を外貨建預金か外貨建債券に換えたほうがいいじゃないかと考えだす。昨日(3月16日)同様、この日の終値は1ドル78円台。おれは経済のことなど全くわからないのだが、こんな円高がいつまでも続くはずがないと感じる。この地震によって日本経済が大きなダメージを受けたことは間違いないのだ。しばらく待てば円はその実力に見合った正当な評価を受けるはず、即ち円安になるだろうとおれは考えた。そうであれば、円が高値であるうちにわずかな貯金を外貨に換えることが合理的ではないか。そうした考えをあさましいと思う自分がいる一方で、そうしたあさましい自分が現れたことにどこかほっとしているのも確かだ。おれは、欲望を生きる力の現れだと感じている。保身、あるいはさらなる利益を求める行動は、明日もこの世界で生きていきたいと願いそのものだ。しかし、おれは結局何もしない。おれはこれまでに投資というものをしたことがない。大体、今後の先行きについては、おれの稚拙な予想など全くあてにならない。ある種の人々から見れば、この地震さえも巨大な内需の発生要因にしか過ぎないのかもしれない。おれはこうしたことを考えることに向いていない。

この日の午後、計画停電ではない、突発的な停電が発生する可能性があるとのニュースが入る。定時に会社を出るも、駅は大混乱で、ホームに人が溢れかえっている状況。ここで震度4、いや震度3の地震でも来たら死人が出るだろうな、と思う。歩行補助具を使っている年寄りがいたが、みな彼女を押しのけるようにして電車に乗り込んでいく。彼女の隣にいる人たちは彼女を守ろうとしていたが、そこから3歩も離れた人々はもう全く気遣いをしない。年寄りは「こわいね、こわいね」とつぶやいている。それはそうだ、28歳のおれだってこの場所は怖い。「大丈夫ですよ」といってやりたかったが、うまく声をかけることができず、電車も乗り逃がしてしまう。夕食はちくわとピーマンの炒め物。焼売。

3月18日、電車に乗るのが怖くなったので、自転車で会社へ向かう。放射線物質をこれほど恐れていながら屋外で有酸素運動するのは矛盾しているのだが、駅の混雑の方がより恐ろしかったのだ。しかし、やはり自転車通勤にも問題はある。行きはいいのだが、帰りが恐ろしい。停電で暗闇に沈んだ街で、おれの自転車の灯りはあまりにも頼りなかった。車はこちらのことが完全に見えていないな、と感じたので、いつもの3倍の安全マージンをとって移動する。気も張るし、疲れる。家に帰って袋入りのラーメンを食べる。具はちんげん菜としめじ。地震から一週間も経ってしまったことに気がつく。

3月19日、おれはまだ色々なことが不安なままだが、今日は同居人の誕生日なので、近所のレストランで食事をする。おれはうさぎの背肉を、同居人は子羊の肩肉を食べる。デザートにはベイクドチーズケーキババロアとマカロン。満ち足りた気持ちになる。そういえば、地震後はじめてお酒を飲んだのはこのときだ。おれはこの店がとても気に入っていて、この店の近所に住んでいてほんとうによかったな、と改めて感じる。この店は、おれのような若いサラリーマンでも気兼ねなく入れるほど安いのだが、食事の後には100%の確率でちゃんと満ち足りた気分にさせてくれるのだ。正直にいって、どこで利益をとっているのか全くわからない。誕生日カードを用意しそびれてしまったために、同居人から怒られる。誕生日プレゼントも買えていない。

3月20日、同居人がマグカップが欲しいというので、恵比寿でマグカップを購入。ARABIA社のKoKoというシリーズのもの。色はインディゴ。書店で誕生日のカードを購入。ユニセフのカードで、金地に白い鳩が描かれている。売上の半分がユニセフに寄付されるのだという。カードは200円だから、寄付されるのもたったの100円なのだけど。他に購入したものは、オレンジピールにチョコレートをかけたお菓子。モンブラン。林檎のシブースト。懐中電灯。エネループ(単4)。午後から雨が降るというので早めに帰宅。
やたら買い物をした気がするが、別にこんなときだからこそ経済を活性化させようと思ってやったわけではない。今後、経済が停滞してしまって、いまここで書いているような生活が成り立たなくなってしまっても、それはそれで仕方がないと思う。日本は少しばかり貧しくなった方がいいのかもしれない、と思うこともある。不況下の若者たちは、上の世代に草食動物呼ばわりされながらも、低消費な生活の中に喜びを見い出す能力を磨いてきた。今思えば、それはやがてくる未来への予行練習だったのかもしれない。一方で、東北の復興には今まで以上の経済成長が必要なのかもしれない、とも思う。夕食はトマトのポトフ。具はベーコン、豆、じゃがいも、ブロッコリー

3月21日は、朝から雨なので一日中家にすることにした。読みかけの本は山ほどある。アリソン・ベグダル「ファン・ホーム」、佐藤泰志海炭市叙景」、ウェルズ・タワー「奪い尽くされ、焼き尽くされ」、羅川真里茂しゃにむにGO」。それから、自動車関係の古雑誌(AUTOCAR JAPAN)。3ページだけ読んで放置している、トマス・ピンチョン「ヴァインランド」もある。
しかし、結局はどの本も開くことのないまま、雨の中買い出しに。パンも水も牛乳も、手に入れるのに苦労はしなかった。その後、同居人とカルカソンヌというボードゲームをプレイ。一勝一敗の戦績。そして今、この日記を書いている。

*1:おれはあまりこの手の用語の適否にはこだわらない