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台風と技師

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子供のころに住んでいた島には、年に一度は大きな台風がやってくる。吹き荒れる風は木々をなぎたおし、町の看板を吹き飛ばす。それくらいならまだいいのだけども、空気を読まない風どもは電線までもやがて断ち切り、家々はたやすく停電状態に陥ってしまう。そんなとき、おれの父親は決まって家にいなかった。父親は水道関係の技師をしていて、台風が来たときにはあちらこちらを駆け巡って破裂した水道管の修理などを行わなくてはならなかった。幼かったおれは暴風のなか働く父親のことなど全く心配していなかった。子供のころのおれから見ると、父親は信じられないくらい力が強く、重かった。それでおれは、いくら台風といえども彼を傷つけることなどできるはずがないと思い込んでいたのだ。

おれは現実と漫画の区別がつかないタイプの子供だったので、台風が来るといつも、雨粒を避ける訓練を行うことにしていた。子供にとって、台風の力というものは十分に強く、恐ろしいものだった。何しろ、風に向かってもたれかかることさえできるのだ。そうした根源的な力を訓練によってとりこむことで、よりいっそう小宇宙を高めることができるはずだ。幼いおれはそんな風に考えていていて、暴風に向かって拳を突き出したり、その辺から転がってきた棒を逆手ににぎり、「空破斬!」と叫んだりしていた。ほんとうに頭が悪かった。おれよりも血気盛んな子供たちは高波を見ようと海岸に出掛けていくものもいたようだ。そのうちのいくらかは二度と家には帰れなかった。

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ひとときの高揚が収まると、長い退屈がやってくる。窓を閉め切った家はひどく蒸し暑く、クーラーをつけようにも電気はとっくに停まってしまっている。テレビも見れない。もちろん、ファミコンだってできやしない。せっかく学校が休みになったというのに、これでは何もやることがない。しかたなくおれは窓辺に移動する。
閉め切った家のなかではそこがいちばん涼しいのだ。そこでおれは、揺れる梢をずっと眺めていたような気がする。いまでも、嵐の窓辺を夢で見ることがある。時間の流れない夢だ。

夜になると、母親が仏壇から持ち出したろうそくに火を点してくれる。そんな日の食事はだいたいラーメンだったような気がするのだけど、これは「崖の上のポニョ」のシーンが記憶に混ざり込んでいるのかもしれない。大人になって夢と現実の区別はさすがにつけられるようになってものの、夢と記憶については子供のころにましてごちゃごちゃになってしまっていて、おれはもうなにひとつ判別することができない。いままで書いてきたこともほんとうは夢の中で起きたことに過ぎないのかもしれないが、別にほんとうにあったことだと言い切ってみたところで誰に迷惑がかかるわけでもないので、おれはあまりそのことを深く考えない。ともかくおれは薄暗がりの中でラーメンを食べたのだ。そのころのおれは完全に小さな子供で、窓や壁やろうそくの火、つまり父親と母親に完全に守られていて、嵐の夜にもまるで不安を感じることはなかった。

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風がおさまり、電気が家々に再び通いはじめるころ、車庫からエンジン音と、車のドアを閉める音が聴こえてくる。父親のご帰還というわけだが、おれは彼を出迎えることをしない。眠くて動けないのだ。父親は暖かい飲み物と、簡単な食事をとると、ソファにそのまま眠りこんでしまう。眠くて動けないおれになぜそれがわかるかっていうと、父親のいびきがあまりにもすさまじいものだからだ。その轟音は、台風よりもずっとやかましかった。一晩中、雨風に晒されながら働いていたはずの父親は、日が高くなる前にむくりと起き上がり、屋根の上に昇っていく。風で歪んでしまったアンテナを修理するためだ。おれの父親は口数が少なく決して不平不満を口に出さないタイプというわけでは全くないのだが、台風の復旧作業について文句を言ったことはおれの知る限り一度もなかったように思う。