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旅なんてしない人

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基本的に、おれは旅先での思わぬ出会いを喜ぶような人間ではない。もちろん、全く喜ばないわけではないのだけれども、最終的にはわずらわしいと感じてしまうことの方が多いのだ。大して興味のない話にほおほおと相づちを打つのも面倒だし、話が盛り上がったら盛り上がったで、今度は話を打ち切るタイミングに頭を悩ませることになる。
これはおれの経験則から言うのだけれども、そもそも、見ず知らずの人間に積極的に声をかけてくるような人間には、現役時代にテンプルを打たれすぎたような方も少なくない。
昔、オフ会で小旅行に出かけたときの話だ。おれたちは、真の天皇家を名乗る奇妙な男に絡まれ、小一時間ほど彼の偉大な念能力にまつわる素晴らしいお話を拝聴する事態に陥ってしまった。彼の念能力はおそらく操作系に属するもので、対象の血族(九代先の子孫をも含む)をまるごと発狂させるという、凶悪極まりない性能を持つのだという。彼の話そのものも相当にヤバく、きつかったのだが、何よりも辛かったのは、彼の傍らにたつ奥さんが彼の熱弁をほんとうに目を輝かせて聴くその姿だった。彼女からはこちらの正気を否応なしに蝕むような陰惨たる気が放たれていて、おれは実際ちょっと頭がおかしくなりかけてしまった……。

……やや、極端な例を出してしまった気がするけれども、ことほど左様に、旅先の出会いには危険がつきものなのだ。そのことを考えれば、男子たるもの、一歩敷居をまたいだならば、目を伏せ耳をつぐみ誰とも話すことなく歩くべきだ。

そんなことを口走ってしまうほどにアレなおれにも、ほんとうにうれしくなるような出会いというものはある。ごくごく、まれにだけれども。不思議なことに、決して旅に出ることない人々との出会いにおいて、そんな風に感じることが多い。ある島や街、限定された空間から一歩も外に出ることなく暮らしながら、羨ましいほどの自由を感じさせる人たちがいるのだ。金沢の街に古くからある喫茶店の女店主も、そんな人間のひとりだ。彼女は、もう六十を過ぎているのだというけれど、正直にいって、実年齢より十や二十は若くみえた。でも、おれは「お若いですね」なんて追従を使うことはできなかった。彼女に「若い」なんていうことは、とても失礼なことにであるように感じた。若さ=善、なんていう世間の価値観を、そのままに受け入れている人ではないんじゃないかと思えたのだ。
彼女は、年中無休で営業している喫茶店*1を開けるために、金沢の街から離れることはできないのだという。ひとつの土地に縛られる生き方なんて、おれはまっぴらごめんだと思っていたはずだった。けれども、金沢の街に幽閉されているはずの彼女の言葉は、おれの知っているどんな人間よりも自由で、美しかった。おれは彼女と交わした会話を丸ごとを憶えておきたい。喫茶店に漂う珈琲のにおい、窓辺からみた夕焼けのこと、そんなあれやこれやもぜんぶ含めて。そしてそれらをこの日記に記してみよう、そう思ったのだけれども、いざこうして文章を書いてみると、何一つ説得力のあることを書けそうな気がしない。旅先で出会った、ちょっとおかしな人の話は書くことができても、旅先の、ほんとうに大切な出会いについては、まるで言葉にすることができないのだ。こんな書き方をいつまでも改められないのならば、日々の記録をつけたところで、自分の生活を無限に損うだけで終わってしまう。全国で2番目で頭の悪い小学校で初等教育を受けたおれにだってそれくらいのことはわかる。わかるんだよ、マジで……。

*1:彼女の父親の形見だという