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ブログがカナしくなる前に

ブログ

はてなダイアリーが10周年を迎えるのだという。
10年……。もちろん、祝福したい気持ちはあるのだけど、どちらかと言えば、ゾッとしたというのが正直な感想である。
10年間もブログを書き続けるということに、言いようのない恐ろしさを感じてしまうのだ。
「ホットエントリーが、そんなにもうれしかったのかね?」
「そんなにも言葉を書き連ねて、いったい誰に何を伝えたかったというのかね?」
「十年ブログを続けても、まだ書くことが残っているのかね?」
内なる声が、ムスカ大佐の口調で僕を問いつめてくる。
不毛な論争にうつつを抜かしている間に、僕らはあっという間に年をとっていく。
実際、ブログを十年もつづけることは誰にとっても危険なことだ。
更新すればするほどに、ブロガーの文章は悲しみを帯びてゆく。
栄華を極めたようなアルファブロガーであっても、その例外ではない。だって、そうだよ。長い間ブログを書いていれば、楽しいことばかり書いてはいられないし、仮に楽しいことばかり書いていたとしたら、そのこと自体がかえって悲しい。商売でもないのに、そんなにも自分を抑えて、いったい何が楽しいというのだろう。そんなことを感じてしまうのだ。ブロガーが自分の文章をコントロールできなければ、ブログは悲しくなってしまう。ブロガーが10年も完璧にコントロールの効いた文章を書いていたとしたら、それはそれで悲しい。つまり、どう転んでも、長い間つづいたブログは悲しくなってしまうのだ。
「だからね、君ィ、はてななんてものは、長くとも2年で卒業すべきものなんだよ……。ほら、もっと素敵なサービスがいくらでもあるだろう? twitterfacebooktumblrとか、ネ……。」
内なる声に僕はもはや反論することもできず、黙ってうなだれるほかない。確かにそうだ。かつて僕が憧れたブロガーのほとんどが、プライベートモードになっているか、twitterに軸足を移しているかで、コンスタントにブログを更新している人はほとんどいない。きら星のようなブロガーたちが去っていくなかで、いったい僕はいつまでここにいるんだろう?
そんなことを思うと、やりきれなくなってしまう。
だが、一方で、これもひとつの本音なのだけれど、「ブログは、悲しくなってから、しんどくなってからが本番だろ」という気もしていて、しんどくないブロガーなんてぜんぜん信頼できないね、とも思っている。僕のブログも、そろそろそれなり悲しくなってきたような気がするんで、そんなことでも思わないとブログなんてとてもやっていけない。そこまでしてブログを書かなければいけない理由も、分からない。20代のほとんど全てを、ブログを書いて過ごしたなんて、あってはならないことだとは思いませんか?*1

*1:とはいえ、僕の場合は、ブログを書き始めてまだ9年ほどだから、ギリギリセーフなのだけれども。