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生きていくのはたいへんだ

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生きていくのは、たいへんだ。
学生のころ想像していたほど、社会は厳しくなかったけれど、想像していたよりもずっと、おれには根性がなかった。
だからやはり、生きていくのはたいへんで、小説や、音楽、写真、漫画、そういったものはおれを助けてはくれなかった。
それは、彼らのせいではなくて、単に自分がそうしたものに救われるような種類の人間ではなかったということだ。
おれの父母は、この世の不正義にたいして、まっすぐに怒ることのできる人間だったけれど、おれはそうした人間でもなかった。
真・善・美のいずれにも興味がない。なにもかもがどうでもよいのだった。おれには損得勘定しかないのだった。
おれに心の平安を与えられるのは、預金通帳の残高だけであった。
しかしながら、意識の低いサラリーマンのであるおれの稼ぎでは、臆病なおれの心を安心させるだけの残高をつくることはできなかった。
株に手を出したのは、少しでも早く安心するためだった。貯金が少ないのなら、貯金そのものに働いてもらうよりしょうがない。
安心するために、リスクをとる、というのは、矛盾しているようだけれども、心の動きとしては、やはりそうとしかいいようがない。
もとより、臆病心のためにはじめた株取引だ。はじめのうちは、業態が堅実で、割安な株ばかりも買っていた。けれども、そうした株は、負けにくいだけに大きな勝ちもない。
おれは、少しでも早く安心したかった。値動きの激しい、バイオや不動産株に手を出すようになっていた。
セルインメイという言葉だけは知っていた。
知っていたけれど、株取引をはじめたばかりのおれには、やはり危機感が足りなかった。
そうして、おれは5月の暴落に巻き込まれることになった。

生きていくのは、たいへんだ。