読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

真夜中にiPhoneが鳴りだして、

小説

IMGP4842.jpg
ぶいぶいうるさいものだから、パスコードを入力してロックを解除したら、Hatena::Dからのメールが届いていた。タイトルは「yoghurtさんについてTwitter上で言及がありました」メール本文には「まぁ、もともとid:yoghurt氏が嫌いだったんですよね」と記されている。またこの手のコメントか……とうんざりするよりも眠気の方が勝って、わたしは「おやすみモード」をオンにして二度寝することにする。それから、起きて、シャワー浴びて、身支度して、朝食を食べる。朝食といっても、トースト焼いてヨーグルト食べるだけなんだけど。ヨーグルトにりんごジャム落としたんだから、トーストにはバターでも塗っておけばよかったのに、結局そこにもりんごジャム。すばらしいアオハタのりんごジャムも、こんな食べ方をしていてはすぐに飽きてしまう。わたしは自制しなければならない。それから、家出て駅まで歩いて階段を登って電車乗るまで、夜中のメールのことは忘れていたんだけど、電車のステップをまたいだ瞬間にそれを思い出してしまったのは、乗り込んだ車両が女性専用車両だったからだ。女性専用車両に乗り込むたびに……つまりそれは毎朝ってことだけど、「階段を上がったとこに来る車両が女性専用車両だから乗っているだけで、別に好んで女性専用車両に乗っているわけではないよ……」などという言い訳を頭の中で繰り返してしまう、奇妙な癖がわたしにはある。こんな言い訳はまったく必要ないと思うのに、それを止められないのは、もう何年も男の振りをしてブログを書いてるせいかもしれない。そんなことを考えてしまえば、さすがに夜中のメールを思い出さないわけにはいかない。
Hatena::Dからのメールに貼ってあるリンクをたどっていく。tumblrに音声ファイルが置かれているのを見つける。id:yoghurtの批判者は、AudioBooというサービスを使って音声を録音して、それをtumblrに転載したようで、彼のtumblrtwitterと連携しているもんだから「まぁ、もともとid:yoghurt氏が嫌いだったんですよね」がtweetされて、それをお節介なHatena::Dがききつけて、わたしに「yoghurtさんについてTwitter上で言及がありました」とご注進してきたというわけだ。何という未来社会。予想だにしなかったSF的な展開にちょっぴり感動しながらも、やはり気分は憂鬱だった。苛酷なサラリーマン生活で心を失った30代男性。それがわたしがインターネット上につくりだした別人格、id:yoghurtの設定で、心がない、という設定が災いしたのか、これまでもid:yoghurtは幾度なくネガティブなコメントを頂戴してきた。まあ、でもそれは所詮は文字でしかなくて、心に与える影響などたかがしれている。でも、今回は音だ。人の声だ。id:yoghurtは架空の人格に過ぎないけれども、さすがに人の声で自らの分身を批判されるのをきくのは辛い。これをきくのは止めようと思った。だって、これから仕事だし。最低でも8時間はOLの演技をしなければならない。こんなところで精神力を浪費している場合じゃない。決めた。わたしは絶対にこんなものはきかない。ききたくても、きかない。わたしは自制しなければならない。そう思っていたのだけど、自由が丘で大井町線に乗り換えた辺りでついつい再生のアイコンをクリックしてしまう。止めておけばよかったのに。
 およそ三分間の彼のレビューを聴き終えて、ああ、ほんとうにこの人はid:yoghurtが嫌いなんだ、ということを実感する。彼のレビューの対象となるブロガーたちは、みな”さん”付けで呼ばれているのに、わたしだけが……いや、id:yoghurtだけが”氏”よばわりなのだ。普通に考えれば、氏、なんて丁寧な呼び方なんだから、文句をつけるような筋合いはないんだけど。ひどく嫌われたことを実感しながら、それでも何だか悪い気はしなかった。それはなぜだろうと、考えている間に、電車は会社の最寄り駅に到着してしまう。時刻は8時30分をまわっている。セブンイレブンに寄ってコーヒー買ったら、もうぎりぎりの時間だ。それから、結局10時間くらいOLの演技をするはめになって、飲み会にはだいぶ遅れちゃうな、と思いながら渋谷に向かっている間に、わたしはまたレビューのことを思い出していた。
わたしには気位の高いところがある。ネガティブなコメントをつけたブロガーのことはずっと覚えていて、たとえ相手に理があったとしても絶対に許さない。そう決めている。許さない、といっても、ただ心の中で軽蔑しているだけで、特に何をすることもないのだけど、それでもわたしは絶対にあいつらを許さない。議論なんてしたくないから、いちいち言い返すような真似はしないけれど、彼らの言うことを受けいれたことなんて一度だってない。だのに、なぜ今回だけはムカついていないんだろう? 金曜の夜だからだろうか? 正直にいって、彼のレビューは誤解に満ちたもので、ひとつひとつ訂正していたらキリがないくらいだけど、ただひとつだけ彼の誤解を正すことができるなら、わたしは「生活」をそんなに偉いもんだなんて思ってないよ、ってことをいいたい。苛酷なサラリーマン生活で心を失った、というのは、わたしがid:yoghurtに与えた「設定」だけど、わたしが、「生活」のために心を失った、というのはほんとうのことで、「カフェでよくかかっているJ−POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生」で引用された宮沢賢治の告別を、わたしは自分の詩としてきいていたのだ。

けれどもいまごろちょうどおまえの年ごろで
おまえの素質と力をもっているものは
町と村との一万人のなかになら
おそらく五人はあるだろう
それらのひとのどの人もまたどのひとも
五年のあいだにそれを大抵無くすのだ
生活のためにけずられたり
自分でそれをなくすのだ

この五年の間に、わたしはすっかり自分自身を軽蔑するようになっていて、素質や力はおろか、心さえも失ってしまった。多数におもねって生きるわたしは、「石原で草を刈る」ような真似はもう二度とできないし、「そらいっぱいの光りでできたパイプオルガン」を弾くこともありえない。ただ、心なく生きるだけなのだ。このことを、わたしのむなしい人生を、彼は、AudioBooのあいつは、理解できるだろうか? 
くだらないことを考えていたせいで、結局その晩は酒を浴びるように飲んでしまって、翌朝になっても頭が割れるように痛くて、わたしはせっかくの土曜日をほとんど寝て過ごす羽目になってしまう。これも全部AudioBooのあいつのせいだ。ようやくアルコールが抜けてきた土曜の夜にも、反省能力のないわたしは、iPhoneをおやすみモードにするのを忘れたまま眠ってしまう。
そしたら、またしても明け方にiphoneが鳴り出して、ぶいぶいうるさいものだから、パスコードを入力してロックを解除すると、オリンピックの東京開催を伝えるニュースメールが届いていた。