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最高の小説!/青沼静哉『モルトモルテ』

早稲田文学6 特装版

早稲田文学6 特装版

雨や風が強く吹き荒れる日には、家に引きこもって本を読んでいるのが一番いい。薄暗い部屋の中で、雨粒が窓を打つ音を聴きながらページをめくるのは、最高に心地よく、どれだけ遠くの街にでかけたってこれほど充実した時間を過ごすことはできないように思う。この間の台風のときは、ちょうど連休の中日だったので、来る嵐への備えを万全にすることができた。土曜には本屋に行き、普段なら読まないだろう、という本もいくつか買っておいた。一歩も外に出なくてもいいように、豚肉と海老を冷蔵庫に放り込んでおいた。つまり、篭城戦の構えだ。ところが、暴風域に入っても雨風はなかなか強まらない。若干の物足りなさを感じながら、何となく手に取ってしまった早稲田文学を開いてみると、巻頭の小説があまりにもすごすぎて、台風のことも、昼飯のこともすっかりどうでもよくなってしまった。

<土ンビ><土ボット><土ハス><土マド><土IY><土コロジー><土ーガニック><土ランク土ラゴン><リフレ糞ロジー><ムクロビオテッィク><最高野営責任者℃EO><マク土><ミス土><どたみ><どまどま。まんまやないか><土砂万部><二土エモン><のび太さんの土!>……呼び方はいろいろあれど、どれもSES(土食症候群者)の患者を揶揄する言葉だった。

なんだこれは。言葉の力に圧倒されながら、作品と著者の名前を確認する。青沼静哉さんのモルトモルテという小説だった。土を食べるゾンビ、ドンビと、吸血鬼を巡る荒唐無稽な物語ーマイケル・ムーアが千葉県執行知事選に出馬し、しかも落選したりするーに無数の注釈が挟み込まれている。注釈の内容は、語り部が書いたとされる「非公開ブログ」からの引用だったり、視点人物以外の述懐だったり、単に作者の趣味であったりする。一部を引用する。

004 コミック版『風の谷のナウシカ』は日本の未来を予見した。沼崎はこの説を信奉していた。つまり東京都は「土鬼諸侯国」で、千葉県が「トルメキア王国」、ドンビは腐海の蟲たちというわけだ。救国乙女「風の谷のナウシカ」は風俗、おそらく渋谷か鶯谷でデリヘル嬢をしながら出番を待っている。沼崎は自分自身を「森の人」になぞらえていた。

035 チホはアルファベットが三文字以上つづくと高い確率で間違えてしまう。正しくは「YRP野比駅」である。「YRP」とは、横須賀(Yokosuka)・(Reserch)・(Park)の頭文字。世良彌堂はすぐに間違いに気づいたが疲れていて面倒だったのと、「YRB」から咄嗟に連想した「寄る辺なき」というフレーズが気に入ったのであえて訂正しなかった。

052 この時、沼崎が口ずさんでいたのは川本真琴の「DNA」。沼崎は京王線桜上水駅で下車してからアパートまでの間に同じく川本真琴の「1/2」と「ギミーシェルター」をも口すざんでいた。沼崎はかつてDJを務めたネットラジオの中で川本真琴の「ギミーシェルター」を全プレッパーのテーマ曲と絶賛したことがあった。

注釈が本文と呼応しながら、あるいは無視しながら、小説を駆動させていく、という構造そのものは、とくに新しいというわけでもないのかもしれない。けれども、その想像力は、ずっとおれが望んでいたものに似すぎていて、読みながら笑いが止まらなかった。ありふれた固有名詞から紡ぎ出される、チープな物語。古代人は星をつなげて星座をつくった。星はそれこそ星の数ほどあるけれど、人類はそのわずかな歴史の中で、肉眼でみえる星などとうの昔に消費し尽くしてしまったのだから、2013年の人間はそのような美しいものに頼ることはできない。たとえば、Eternal Force「必殺技の頭に置くと、なんとなく威力が増すような気がする」。2013年の人間は、一秒後には忘れ去られてしまうような言葉を用いて、物語をつくらなければならない。モルトモルテはそうした困難に果敢に挑戦する、実に勇気ある小説だ。
おれはずっとこんな小説を読みたかったのだ。読みたかったけれど、本屋にはまるで売ってなかったので、それならもう自分で書くしかない。そう思い定め、半年くらいかけてちまちまと小説をつくっていたのだ。そしたら、ついにこの小説に出会ってしまった。これはきっとおれのために書かれた小説なのだ。しかし、それがすでにこの世にあるとなると、おれが小説を書く必要なんてないし、いったいこの半年はなんだったんだ、なんてことも思うけど、ともかく求めていた小説が現れたのだ。もう何も言うことはない。