川崎

川崎の事件のことをはじめて耳にしたとき、何とも言えず嫌な感じがした。頭で「嫌だな」と思うのではなくて、腹からドス黒い液体がじっとりと染みだしてくるような肉体的な実感があった。あれほど残虐なことが行われたのだから、当たり前といえば当たり前。なのだけど、おれにとってはちょっと珍しいことではあった。これまでどれだけ残虐な事件を目にしたって、わりと平気だったのだ。というよりも、正直なところ、それらを楽しんでさえいた。どんなひどいことが起こったとしても、ニュースラインに乗ってしまえばコンテンツで、それを安直に消費することを全くためらわなかった。良心の呵責を覚えることもほとんどなかった。殺した人にも、殺された人にも、それぞれの人生があって、家族や友人がいて…。そうしたことを、想像する回路がおれには備わっていなかった。仮に想像したとしても、それはコンテンツをより楽しむためのスパイスの役目しか果たさなかった。
 夜の多摩川を自転車で走っていた時期があった。日が落ちたあとの河川敷は驚くほど暗い。区間によっては人とすれ違うこともほとんどない。すれ違ったとしてもお互いの顔すらよくわからない。
灯りといえば、自転車のライトだけが頼りで、そしてこれが実に頼りなかった。前に投げかけた光が、そのまま吸い込まれてかえってこないように思えた。とても寂しく、しかし美しい、自由な世界だった。おれの故郷にはあまり大きな川がなかったので、悠然と流れる多摩川はことさら魅力的にみえた。近い将来、多摩川沿いで暮らしてみたいとすら考えていた。それが全て反転した。自由ということは、何をしても咎める人がないということは、やはりとてつもなく恐ろしいことだった。自分が好ましいと感じていたものが、そのままその本性を剥き出して襲いかかってきたようだった。テレビに映し出される暴力を、自らに向けられたものだと感じたのははじめてだった。好ましく感じていたはずの暗闇が、ひたすらにおぞましい。

近い将来、多摩川沿いで暮らしてみたいと考えていたから、事件現場近くのマンション掲示板をうっかり覗いてしまった。もともと、マンション掲示板は、日本語圏のインターネットではもっとも恐ろしい場所である。いわゆる普通の市民の持つ冷酷さが痛いほどよくわかる。そこでは、学力の低い小学校や公園に住居するホームレスは、幹線道路の排ガスや線路沿いの騒音とまったく違いがない。マンションの資産価値を脅かすマイナス要因でしかないのだ。
 今回の事件でも、掲示板の人々が恐れるのは、専らマンションの資産価値の下落だった。子供が死んでいるというのに、自らの懐の心配ばかりしている姿は、滑稽といえば滑稽だけど、おれにはそれを笑うことはできなくなってしまった。損失を恐れることと死者を痛む気持ちは共存できるものだし、それよりもなにより、これは100の資産が99になるという話ではないのだ。どちらかというと、2が1になるようなきつい話なのだ。ほとんどの人間は資産家ではない。やりたくもない仕事のために、一度しかない人生を切り売りして、一生かかって住宅ローンを返していくのだ。たとえ宇宙が百億年つづくとしても、我々に与えられた時間は百年に満たない。そう考えたときの、三十年ローンの途方もない重み。そこまで犠牲を払って手に入れたマンションが損なわれるということは、自分の人生が損なわれるということに等しい。おれだって、もしそのマンションを購入していたとしたら、きっと彼らと同じことを考えるはずなのだ。掲示板の書き込みの中には、事件をきっかけとして周辺の防犯対策が進むことを期待するものもあった。おれは、灯りに煌々と照らされた多摩川の姿を想像した。おそらく、ある程度までその希望は叶うのだろう。失われた暗闇を惜しむ気持ちはあるけれど、そんな感傷的な態度は、もう誰の相手にもされないだろう。



 

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