君は字が汚い

君は字が汚い。そのことで、信頼を失っている。信頼を失いつづけている。少なくとも私は、字が汚い人間の仕事は一切信用していない。こういうことを書くと、字が汚い連中は決まってこう反論する。

「今どきはもう手書きっていう時代ではありませんよ」

しかし、こういう手合いの雑な仕事は、たとえコンピュータを使ったとしても、改善されることなど一切ない。エクセルで資料を作らせても、数式がまるで論理的でなかったり、計算範囲がズレズレだったりする。それでいて、彼らは、電卓叩いて計算することすら、なんだかんだと理屈を述べて、やろうとしない。少し考えを巡らせてみればわかることだが、たかだか1cm平方メートルの平面すら満足にデザインできない人間に、細部まで神経の行き届いた仕事ができるはずがない。

決めつきが過ぎると思われるかもしれないが、私は個人的な経験に基づいて、こういうことを喋っている。字の汚い人間の性質について、私ほど知悉した人間はいない。私はもう、30年以上も、字が汚い男の人生を見つづけてきたのだ。彼の字はあまりに汚いので、一ヶ月も経つと書いた人間ですらその読み方を忘れてしまう。彼はノートをとることができない。だから、彼の人生には蓄積がない。普通の人間の人生がドラゴンクエストだとすると、彼の人生はスーパーマリオなのだ。彼の人生にはレベルアップがない。メラがメラミに、そしてメラゾーマになることはない。体調次第では、大きくなったり、炎を操ったりすることもできるかもしれない。でも、それはただ一度のミスでたやすく失われる幻のような力に過ぎない。

これほどの知的なハンディを抱えながら、僕は何とか人並みに働いてきたのだ。もし字が綺麗に書けたら、年収が5本は上だったかもしれない。ただ字が汚いというだけで、僕はどれほど多くのものを失ってきたのだろう。じっと手のひらを見つめて、ため息ばかりついて暮らしている。おれは、おれのことをよく知っているから、字が汚い人間の仕事は一切信用していないけれども、字が汚い族のことは決して嫌いではない。彼らには同胞としての愛を感じている。だからもし、君がまだ若く、人生をやり直す時間が十分にあるのだとしたら、どうか同胞からの忠告を聞いてほしい。

若い君には野心があるかもしれない。MBAを取得するとか、綺麗な女の子と付き合いたいだとか、甲子園に出たいとか。しかし、そういったことは全て二番目以降にやるべきことだ。君が人生において成功したいなら、やるべきことはたった一つしかない。字を綺麗に書くトレーニングをするんだ。こういうと、「マルクスアインシュタインだって、字が汚かったんだぜ」などといって、君は自分を正当化してしまうだろう。
しかし、おそらく君は彼らのような存在ではない。君だって薄々は気がついているはずだ。自分が平凡でとるに足らない人間だってことに。けれど、君はまだ気がついていない。平凡でとるに足らない人間が、字が汚いという”個性”を抱えて生きていくのは並大抵のことじゃないってことに。でも、そろそろ本当のことがわかってきただろう? わかったなら、今すぐブラウザを閉じて日ペンのボールペン習字講座に申し込むんだ。おれはいつだって君の健闘を祈っている。君が二度とこの村に帰ってことないことを願っている。