いびつな父親

http://anond.hatelabo.jp/20160531142404


この人の苦しみに比べれば、ずいぶんレベルの低い話かもしれないけれど、子どもを育てる過程で、自分自身の歪みを突きつけられるようなことは、おれの場合は、わりとよくあることだったりもする。
おれは、ほんとうにさえない男なのだけれど、もう30年以上もこの世の中で暮らしてきたので、自分のさえなさとはだいぶ折り合いがついている。そりゃあ、どうしても人並みに出来ないことは山ほどあるけれど、それを嘆いたって出来ないことが出来るようになるわけじゃないし、まあそれなりに出来ることをやって生きていくしかない。欠点も含めて、「それがいいんじゃない!」と言ってくれる人も(数は少ないにせよ)いることもわかってきた。世間と自分の考え方が食い違っていて、世間に服従しなければならない時にも、腹の底では頭がおかしいのはあいつらの方だと思っているから、それなりに割り切って暮らすことが出来ている。


そんなこんなで、おれはおれの存在を許すことができているのだけれど、子どもが絡むとそれが途端に難しくなってくる。例えば、おれはもともと社交的な性質ではないから、公園や保育園で他の親と絡むことをついつい避けてしまったりする。もしかすると、そういう振る舞いが、息子が友達と遊ぶ機会を奪っているのかもしれない。子どもは恐ろしいほどに親の行動をみているものだから、おれの非社交的な振る舞いを息子が学習してしまうかもしれない。


おれはおれの弱さを許しているけれど、そのことで息子が不利益を被るのはやるせない。すると、とうの昔に克服したはずの、どうしておれはフツーの人間がフツーにこなしていることがフツーに出来ないんだろう? っていうコンプレックスが首をもたげてきてしまう。ほんとうに子育ては難しい。「よわくてニューゲーム」をプレイしているような気分になる。