ぼくのかんがえた東京版「ラ・ラ・ランド」


『ラ・ラ・ランド』Music PV“Another day of sun"

 ララランド観てきました。とても良かった。もしも、おれが女子だったなら今ごろ原色のワンピースを爆買いキメてたと思います。つきあい始めたばかりのミアとセブがデートするところは実にうらやましかった。正直、あんなデートしてみたいです。さすがLA。二人が訪れる場所は、どこもキラキラと輝いているようで、夢の街LALALANDの名にふさわしい魅力を放っていました。これ、LAだからこその楽しさだったかもしれないんだけど、折角だから他の都市でもララランド撮って欲しいと思いましたね。北京・モスクワ・パリ・ニューヨーク、そして東京でもララランドを作って欲しい。もちろん、僕の知る東京はLALALANDというようなテンションの街ではないし、鮮やかな原色のワンピースを見かける機会も少ないわけですが、社会が抑圧的であればあれほど、解放の歌が響きわたった時のカタルシスも大きくなると思うんですよ。そういう意味では、他のどんな都市よりも東京でもララランドを撮るべきだと言えるかもしれない。
 ここから先は妄想の話になりますが、もしも、僕が東京版ララランドを撮るとしたら、主役は三峰徹先生にお願いしたい。
日本中のエロ漫画雑誌に大量のハガキを何十年も送り続けた伝説的人物です。
https://togetter.com/li/1064060

 本家ラ・ラ・ランドで唯一不満なのは、夢追い人はクレイジーだとかインセインだとかいう割には、ミアもセブもそれほど狂っているようには見えないということです。だってハリウッドで女優を目指すとかジャズの店を開くとか、そりゃ実現性はクレイジーな確率かもしれなくても、それを夢見ること自体は何ら恥じることはないものじゃないですか。セブはよく分からないとしても、少なくともミアは育ちも良さそうだし、いざとなればいくらでも退路がある。
 ミアの歌うAuditionには大いに感動したのですが、あの歌で描かれていた、「冬のセーヌ河に何度も飛び込む」ような、反逆者の愚かさ、狂気を、ミア本人が持っていたかというと、そこはイマイチよく分からなかったな、という印象です。ミアがあの歌を歌って初めて、ああ、この人ってこういう人なんだ、と分かったくらいのもので。なので、東京版ララランドの主役は三峰徹先生にお願いしたい。彼であれば、ミアの歌の精神をミア以上に体現できるはずだと信じます。
 そりゃあ、今でこそ、ロフトでイベントやったり、タモリ倶楽部で特集されたりと、サブカル的な栄光を得ている三峰先生ですがが、そんなものと無縁だった時代の方がはるかに長いと思うんですよ。エロ漫画雑誌にどれだけハガキを送りつけたところで、何がどうなるはずもない。彼が歩んでいたのは、どこにもつながっていない袋小路の道だったはずです。正気で考えるのであれば。三峰先生が大病を患った時、家族にエロ漫画投稿のことがバレて、何もかも捨てられてしまいそうになった時、妹の夫が三峰先生が三峰先生であることを知っていて、事なきを得たというエピソード。これこそ夢追い人の狂気が世界の正気に穴を穿って、無かったはずの道を通した瞬間だと思うんです。これを本家ララランドのオープニングを使って描きたい。退院した三峰先生が、復帰第一弾のハガキを投函すべくポストまで歩いていると、道すがら出会う人々が皆笑顔で歌い、踊っている。そこで三峰先生もテンションが上がってしまって、ハガキをポストにカツーンって投げ込みながら、「Another day of the Sun」って歌うんですよ。何なら先生にもポストの上で踊ってもらいたい。これはもう最高にアガると思うんですよね。で、エンディングは本家ララランドと全く同じ構成でいいです。三峰先生の人生にあんなシーンがあったかどうかは分かりませんが、あれはきっとおそらく誰の人生にも一度は訪れる、普遍的なまぼろしだろうと思うので。