「アナと雪の女王」と、孤児クリストフの世界

ひとりで生きて、何が悪い?


映画『アナと雪の女王』松たか子が歌う本編クリップ
 観ました。相当に今さら感がありますが……。まず意外だったのが、エルサの出番が少なく、役割としてもすごく受動的だということ。全然自分から動かない。あれだけ皆レリゴーレリゴーと歌っていたものだから、てっきりエルサが動く話だと思っていた。レリゴーのシーンも割と序盤にやってきて、クライマックスでも何でもない。むしろ、物語的には、否定されるべき「偽の結論」とも読めるようなシーンになっている。レリゴーを歌った時のエルサは、絶対の孤独を覚悟している。己の本性にしたがって生きた時、人を傷つけてしまうのなら、いっそ独りで生きた方が良い。でもそうした考えは一国を氷漬けにするような、誤った冷たい思想だった。で、最終的には、偽の結論を克服し、エルサとアナの愛がすべてを解決する。そんな構成の映画だと思うんだけど、正直にいってこれはあまりうまくいっていないのではないかと思います。僕の心にいちばん響いたのは、レリゴーだったわけですが、まあこれは多分に僕に限ったことではないでしょう。結局、偽の結論のはずのエルサのレリゴーが映画そのものを食ってしまったということなのだろうと思います。「ひとりで生きて、何が悪い?」誰もがそんな風に思っていて、古くさい愛の思想ではそれを否定することはできなかった。*1

クリストフ先輩の孤独

 で、この映画のなかにも、エルサよりも先に、そのような生き方をしていた先輩がいるわけです。クリストフのことなんですけど。二人はほんとうによく似ている。孤児の彼は、エルサよりも深い孤独を抱えているし、超自然的な領域に通じているという点でも、エルサと同じ。エルサにとっての氷の塔が、クリストフの「家族」であるトロールですが、僕はこれはやはり本当はただの石ころなのだろうと思っています。アナのキャラクターには、そのチョロさも含めて好感を持っていますが、クリストフが石ころを家族と呼ぶヤバ系男子だと誤認した際の彼女の態度*2は、やはり許しがたいと思っていて、「そんなだからお姉ちゃんともまともに話ができねーんだよ」くらいのことは思いました。ただの石を家族にする、これが魔法と呼ばずして、何を魔法と呼ぶんですか。実際、これがトロールでなくてただの石ころだったとして、アナはドン引きするかもしれないけれど、エルサはクリストフを笑わないと思うんですよね。これらのことを踏まえて。

ぼくのかんがえた「アナと雪の女王」2nd Season

 まず、アナとクリストフはさほど長続きしないでしょうね。破局の原因はアナの浮気。実際のところ、アナのチョロさはエルサの頑なさと同じかそれ以上にヤバく、いずれ大きなトラブルを巻き起こすことは目に見えている。ハンスあたりが「心を入れ替えた。本当は君を愛してたってことに気がついたんだ」みたいなノリで言い寄ってきたらまた騙されそう。
 ハンスもまあ、もしかしたらアレンデールの統治者としては姉妹二人よりもふさわしいのかもしれないけれど、結局コンプレックスとプライドが強すぎてどうにもならない感もある。おそらく彼は再びクーデターを計画して、国を追われるかエルサに凍死させられるかと云う最期を迎えるのだろうと思う。
アナは彼との間に生まれた子をシングルマザーとして育てることになります。エルサはアナの子と、「逃げるは恥だが役に立つ」の百合さんとみくりさんみたいな関係を築いてくれるといい。

 そして、クリストフには、エルサとぜひ友だちになってほしいと思います。本編ではほとんど関わり合いになることのないふたりでしたが……。お互いに相手との距離を尊重するタイプの人だから、恋人同士になるようなことも考えにくいですが、友だちとしてはうまくやれるでしょう。
最後にオラフ。彼には、2年か3年後の夏で溶けてもらいます。彼の愛はあまりに究極的なので、彼が健在だと、現実的にあり得る範囲での人間の愛の話がしづらくなってしまう。ゆえに2nd Seasonでさよならです。

*1:というか、そもそも「愛がすべてを解決する」というエンディングには説得力がまるでない。そもそもエルサは別にアナの愛を疑ってはいなかったと思うんですよ。エルサを取り巻く愛の問題は、物語のスタート地点からまったく何も変わっていないのに、なぜか冷凍能力だけがコントローラブルになってエンド。というのは、ちょっと雑すぎた、ということでしょう。

*2:「そうなんだ。じゃあ私生徒会行くね」的な。